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記憶に残る名選手その5

 渡辺幹男選手。

 宮城の東北高校時代にインターハイの1000m独走で、高校生として初めて1分10秒の壁を破って優勝した天才スプリンター。

 その時、2位に入ったのが坂本典男選手。卒業後は共に日本大学に進み、以来この二人は日本の短距離界を担う存在となる。

 しかし、彼らの前に立ちはだかったのがご存知、長義和選手である。

 だが1979年、大阪で開催された全日本選手権のスプリント種目で、彼ら二人は王者長義和選手を「あと一歩」まで追い詰めた。

 まずこの試合の準決勝で、坂本典男選手が長義和選手と対戦した。1本目は長義和選手が先勝し、「サスガ・・・」と思われた2本目。果敢に先行した坂本典男選手は、長義和選手の追い込みをかわし、2本目を取った。

 これで、勝負の行方は分からなくなった・・・。

 そして運命の3本目。長義和選手は先行策を選んだ。

 しかし、車は伸びない・・・。王者、危うし。坂本典男選手が並びかけた、その時!

 長義和選手が思いっきり、後輪をアウトに振った。前輪が重なっていた坂本典男選手は、落車を免れるのがやっとの状態で、モチロン差すことはできなかった・・・。

 インターフェアぎりぎりでは・・・と思われる戦法で、長義和選手は決勝に進んだ。

 決勝の相手は、渡辺幹男選手。

 やはり、1対1となった後の3本目

 渡辺幹男選手が先行する。アウトから長義和選手が必死の追い込み。

 そしてゴール!

 どちらが先着したか、まったく分からなかった・・・が、勝利を確信した長義和選手はゴールと同時に両手を挙げた。

 写真判定の結果は・・・、やはり長義和選手の優勝であった。

 ちなみにこの翌年、モスクワオリンピック選考を兼ねた全日本選手権のスプリント種目で、坂本典男選手が1位、渡辺幹男選手が2位となり、共にオリンピックの代表に選ばれた。

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コメント

記憶力に脱帽です。

投稿: A | 2007年9月18日 (火) 18時53分

まあ、興味があることだから・・。
それに(当たり前だけど)、覚えていることしか
書いてないだけよ。
途中、だいぶ端折ってるし・・。

投稿: Bちゃん | 2007年9月18日 (火) 22時45分

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