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記憶に残る名選手その14

 自転車競技には、4000m個人追抜きというトラック種目がある。

 イワユル、独りで走る「タイムトライアル」競技なのだが、実際には正反対の位置に相手走者が存在する。本来は、この「相手走者」に勝つことを目的としているのだが、国内大会ではタイムレースで行われることが多い。

 ワタシ自身は、この種目を「専門」としていた時代がありそれ故に思い入れが大きい種目でもある。

 ワタシが思うに、最も「美しい」トラック競技種目だと思う。

 ワタシがこの種目を初めて走ったのは15歳の時。

 高校に入学してまだ間もない、6月ぐらいだったと思う。

 そしてその時のタイムは、5分39秒。

 今では、「遅っそーい」と言われそうだが、当時はそうでもなかった。

 なんせ、その前年のインターハイ大阪代表のタイムが5分30秒ぐらいだったのだから・・・。(^-^;

 当時、高校1年生としては評価されたタイムではあったが、なぜかその後このタイムをナカナカ破れなかった。

 実はよくあるんですよ、こんなパターン。

 フシギと4000m個人追抜きは、「ビギナーズラック」が発生する種目。

 初めて走る時は、(アタリマエですが)一生懸命走るしホントに必死になる。

 ただその後、初めてにしてはケッコーいいタイムが出たこともあり、「欲が出る」ことも多い・・・。そして、「ペース配分をもっと考えたら・・・」とか「相手をペースメーカーにしたら・・・」とか考えたりする。

 そーなると、またコレもフシギとタイムが伸びない・・・。(^-^;

 そーゆー難しい種目なのです。

 この種目を得意としていた選手は・・・、大沢鉄男選手。

 この選手はかつて、全日本選手権の1000m独走で2回優勝し、4000m個人追抜きでは7連勝!を果たしています。マジです。ホントです。

 ちなみにこの大沢鉄男選手、全日本選手権2勝が示すように1000m独走も得意でした。

 1960年のローマオリンピックでは1000m独走に出場して、1分11秒86!!

 (今から50年前ですよ・・・)

 ただこの大沢鉄男選手、ある時ホントに「スパッ」と引退されました。

 自転車競技と生活がうまく行かなくなったから・・・というのがその理由だったようです・・・。(;д;)

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