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記憶に残る名選手その19

森昭雄選手。

自転車競技の名門、大阪の城東工高時代にインターハイのスプリント種目で優勝し注目されるようになった。
高校の先輩である「長義和の後継者」と呼ばれ、シマノに入るか競輪選手を目指すと思われたが、大方の予想を裏切りマエダ工業(サンツアー)に入社した。
ちなみに、競輪選手には最初から興味無かったらしい・・・(^_^;)

当時のマエダ工業は正に「全盛時代」で、城本兄弟や山本和雄選手、山崎敏正選手が在籍し余りの戦力の多さに一軍と二軍に分けられていた。

会社から練習時間を与えられるの一軍選手のみで、収入にも差があったようでマエダ工業に入社した森昭雄選手から、「二軍の選手は部屋でどん兵衛食べてる」と聞かされた高校の後輩選手は、「やっぱ、競輪選手だよな〜」と思うようになる・・・。(^◇^;)

メンバーから考えると、例えインターハイで優勝した森昭雄選手でも一軍入りは厳しいのでは・・・と予想されたが、ミゴト彼は「開幕一軍入り」を果たす。

一年目は西日本実業団のスプリント種目で優勝し、ジュニア世界選手権の代表に選ばれた。

そして注目の二年目!
同じ西日本実業団の1000m独走で、当時の日本記録1分6秒27を叩き出す。
この日は、前に走った城本量徳選手が1分7秒11の日本記録で走り、そして森昭雄選手、最後に走った山本和雄選手も1分6秒64の日本記録を樹立した。

コレは、関西の自転車競技ファンの間では阪神タイガースのバックスクリーン3連発と並ぶ、「日本記録3連発」として、永く記憶されている・・・ハズである。(^-^)/

その後は落車の影響で精彩を欠いた時期もあったが、間違いなく日本を代表するスプリンターの一人である。

因みに現在は、日本代表チームのメカニシャンとして世界を飛び回る生活を送られている。

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