タイムの壁

 自転車競技には、1000mタイムトライアルという種目がある。この種目は残念ながらオリンピック種目では無くなったが、世界選手権では実施されており日本競輪学校の入学試験においては、200mフライングダッシュと併せて実技試験科目となっている。

 ちなみにワタシは、英語表記よりも「千米独走時間競争」という日本語表記の方が好きですが・・・。(^-^;

 この種目は、静止状態からスタートの合図と共に発進し1000mの距離を一人で走りきる・・・という、ある意味「単純」な種目。同時に、トラックレースにおける基本走力の指標とも言え、今まで対戦したことがない相手の場合「コイツって、1000m何秒ぐらい?」と調べるのが通例・・・である。(^-^;

 さてこの種目、フシギなことに「タイムの壁」というものが存在する。

 だいたい、生涯で初めて1000mを走った時のタイムから何秒かおきにその「タイムの壁」は出てくる。これもフシギなモノで、たいていは1分20秒・1分15秒という「5秒刻み」になるコトが多い。

 例えばワタシの場合、初めて1000mを走った時のタイムは1分25秒。

 2回目は1分22秒。その次は1分21秒。

 そう、ワタシの場合もまず1分20秒というのが最初の壁になった。コレはよくあるレヴェル。ちなみに才能のある選手は、イキナリ1分17秒ぐらいで走ったりする。

 1分20秒の壁を破ると、ワリとカンタンに1分17秒まで行った。

 ココでまた壁。

 ナカナカ、1分15秒まで行かない。

 しかし選手には、なぜか「タイムが伸びる時期」というのがある。ワタシの場合、1分14秒を出したその次には、1分13秒まで一気にタイムが伸びた。

 だけど、その「揺り返し」も来た。

 その後は、また1分15秒台しか出せない状態になった。

 世間では、この1分13秒のタイムを「まぐれ」と呼ぶ・・・。(^-^;

 こんな感じで、高校2年生のシーズンは終わった・・・ように覚えている。

 その後は、1分12秒台を2回出したがコンスタントに出せるタイムは・・・1分13秒台だったと思う。そんなレヴェルだった。

 ワタシ自身、運動に関する素質はまったく無かったので、誰でも努力さえすれば1分13秒までは出せると思う。

 だから、1分12秒というのが凡人の最後の壁・・・のように思う。

 恐らく(経験はないが)、1分12秒の壁を破れば1分10秒までは一気に伸びそうな気がする。

 ただ今から考えれば、このレヴェルまで来たらトレーニングの方法をまったく変えてみるというのも一つの策だと思う。

 大雑把に言って、冬の基礎練習~春の走り込み~夏のスピード練習~秋の集大成というサイクルを真面目に3年ほどやれば、このレヴェルまでは来る。

 問題は、こっから先。

 たぶん、今までと同じトレーニングを続けてもタイムは伸びない。

 コレ、シゴトでも同じですよね。

 長く続いている不具合を解決しようとすれば、今までとまったく違う方策を検討してみる・・・。

 ちなみに、現在の日本競輪学校入学試験合格者の平均タイムは、1分12秒34。

 コレは偶然の一致かな・・・?

 

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テクニックの差

 先日、長義和選手について記事を書いた。

 長義和選手の活躍により一時期、スプリントレースに勝つには「テクニック」が重要・・・と思われるようになったコトがある。

 ただ、「テクニック」が勝利を左右するのはあくまで「基本走力」が同等若しくはかなり近い場合に限られる。

 具体的に言うと、200mフライングダッシュで0.3秒以上のタイム差がある場合は、これをテクニックで引っくり返すのは至難の業だ。

 例えば、スプリントレースでよくある先行を嫌ってのスタンディングも静止状態からの加速力、イワユル「ゼロ発進」が互角以上でないと止まったはいいが、その瞬間に相手にスパートされて終わり・・・という笑い話になる。

 (実際に、それで負けた人を見たコトがある)(^-^;

 やっぱりスプリントレースの醍醐味は、爆発的な瞬発力を持つ者同士が一対一で、時には格闘技のようにがっぷり組んで戦う・・・ことだと思う。

 テクニックはその次。

 これは、当の長義和選手が初めて全日本選手権で勝った時がマサにそうで、「バンクをゆっくり走るのが怖い」から「先行オンリー」で勝利を収めた・・・という事実がそれを物語っている。

 恐らくこの時、長義和選手は相手のテクニックさえも粉砕してしまう、圧倒的なスプリント力があったのではなかろうか、と思われる。

 そして200mフライングダッシュのタイムだが、たしか長義和選手のベスト記録は10秒74で、中野浩一選手は10秒58だった・・・と記憶している。

 ちなみに当時、10秒5台のタイムを出せる選手は世界でも5~6人?と言われていた。

 長義和選手のタイムは、正直このレヴェルからは一段落ちる。

 ただ前回も書きましたが、共に日本の自転車競技史上に残る偉大な選手であることには間違いありません。

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記憶に残る名選手その15

 わが母校の大先輩、長義和選手。

 なぜか最近、「長義和」という検索を行ってこのブログを訪れる方が居られますので、ちょっと詳しく書きたいと思います。

 まず、あまりにも有名なハナシは、高校2年生の時に出場した全日本選手権でイキナリ優勝。16歳で全日本チャンピオンとなった。

 種目はスプリントレース。(当時はスクラッチレースと呼ばれていた)

 ただこの時本来は、4000m個人追抜きと1000m独走にエントリーしていたが、エントリーミスでなぜかスプリントレースに出場するコトとなった。

 バンクの上をゆっくり走るのは怖いので、スベテ先行逃げ切り・・・であれよあれよと勝ち進み、結果的に優勝を果たした・・・らしい。

 ちなみに当初は、短距離よりは中長距離の方を得意とされており、同じ年のインターハイには個人ロードレースに出場して2位に入っている。

 これは、高校時代の先輩であり当時尊敬していた、戎井弘元選手の影響が大きかったと思われる。(「わが麗しきウインブルドン」より抜粋)

 高校を卒業後は法政大学に進まれた。

 そして、法政大学中退→杉野→シマノと所属が変わる。

 その間に、ミュンヘンオリンピックとモントリオールオリンピックの2回、オリンピックの日本代表に選出された。

 特に、モントリオールオリンピックでは日本の自転車競技史上初となる6位入賞を果たされた。

 これは、当時の日本とヨーロッパのレヴェル差やアマチュア選手の強さを考えると、マサに「快挙!」と呼ぶにふさわしい結果である。

(実際、当時はトラック競技に限っては、プロ選手よりもアマチュア選手の方が強かった)

 当然、全盛時代には国内で互角に戦える相手がおらず、ヨーロッパのグランプリレースを転戦していた。

 ココでもデンマークで開催された「アーハス・グランプリ」で、日本人としては初となる国際グランプリレース優勝を果たす。

 国内の試合では、国体5連覇・・・など書き始めたらかなりの量になってしまう・・・。(^-^;

 そして3度目のオリンピック(モスクワ)出場を狙った昭和55年の全日本選手権で、1000m独走では大会新記録を更新して優勝したが、カンジンのスプリント種目では敗退して4位に終わる。

 ただし、このモスクワオリンピックはソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して、米国がボイコット。日本もそれに倣い、オリンピック出場をボイコットした。

 当時マスコミは、マラソンの瀬古利彦選手・柔道の山下泰裕選手と並んで「悲運3人男」と呼んだ。 

 しかし正直、瀬古利彦選手と山下泰裕選手は出場したら恐らく、かなり大会確率で優勝した(悪くともメダル)と思われるが、長義和選手の場合は・・・カナリ厳しかったのではなかろうか・・・。

 結果的に、モスクワオリンピックの代表を辞退し、長義和選手はこの年で引退された。

 さてよく言われるハナシであるが、果たして長義和選手と中野浩一選手はドッチが強かったのか・・・というコト。

 中野浩一選手が初めて世界選手権の代表に選ばれた年(結果は4位)、代表合宿で長義和選手と何度か対戦したが、「手も足も出なかった」らしい・・・。

 ただ、その後中野浩一選手が全盛期を迎えた時、具体的に言うと世界選手権で5連覇の時ぐらい・・・だったら、中野浩一選手の方が強かった・・・と思う。あくまで個人的な考えですが。

 そしてお互いが、全盛の時期に対戦したら・・・、テクニックの長義和選手対パワーの中野浩一選手となるが・・・、中野浩一選手に軍配が上がるのでは・・・と思う。

 しかし、直接対決ではそうなるかも知れないが、ある国際大会に二人が出場したら中野浩一選手が上になるかどうかは分からない。

 このへんが、自転車競技のフシギなトコロ。

 確か実際にそういう状況の国際大会があり、長義和選手は予選を通過したが中野浩一選手は敗退して、その後「主催者特別」のような形で本選に進んだ・・・コトがあったと思う。

 最終結果は、中野浩一選手は3位で長義和選手はそれよりも下の順位だったと思う。

 いずれにせよ、日本の自転車競技史上に燦然と輝く、偉大な選手であることは間違いない。

 

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無謀の結果

 夏休み最後の日。

 以前書いた無謀な計画はやはり、実行されることとなった・・・。

 〇〇〇を自転車で登る計画・・・。

 集合場所は、同じコースを使って行われるロードレースの出発地点である駐車場。集合時間は、朝9時。

 連絡メールを読むと、どうやらソノ集合場所までは各自クルマで移動する模様。

 なに~、自転車乗りの風上にも置けんな!軟弱な!

 ワタシは、家にクルマが1台しかないので使えず 元競技選手のプライドにかけて、自走で行くことを決断した。

 ・・・、しかしコレが間違いのモト・・・。

 登り始めてカナリ経ってから標識が見えた。

 サングラスを掛けているので良く見えない。「1」という数字が並んでいる。ウン、あと1.1kmか・・・、楽勝じゃん。

 で、近づいてみると「△△駐車場 11km」

 じゅういちキロ~、アト10km以上この登り坂を登んの~。

 ( Д) ゚ ゚

 まあしかし、何とか集合場所にたどり着いた・・・。

 この時点で、20km近く登り坂を走っている。

 ギア比は、39×21・・・。

 こっから先はちょっとムリ・・・。

 自走で来たことに免じて、そのままご帰宅・・・させて頂きました。(^-^;

 そして午後は次女とプールに行く約束をしていたのですが、急に次女は「釣りに行きたい!」と言い出した。

 そこで急きょ、午後3時ぐらいから某港へ・・・。

 そーすると、なにやら群れている魚が・・・。

 「ボラか~?」と思っていたら・・・、

Photo_2

 ホントにボラでした・・・。(^-^;

 夏のボラは美味しくないというハナシですが、半身は刺身に残りの半身は唐揚げに・・・。

 家族は、「臭い」と言ってましたが・・・。

 ワタシはフツーに酒のツマミとして食べました。

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銀メダルと練習

 高校自転車競技のトップ選手たちは、インターハイが終わるやいなやモスクワに飛んだ。

 今度の舞台は、世界ジュニア選手権。

 その大舞台で、ナント!!元砂勇雪選手が銀メダルを獲得・・・。素晴らしい!

 コレに触発されたワケではないのですが、ワタシもボチボチと・・・走っています。ホントに、ボチボチです。

 前にも書きましたが、9月に開催される日本スポーツマスターズに出るつもりだったのですが・・・、ムリです。(^-^;

 来年出ようかな・・・って、去年も同じコト言ってたのですが・・・。

\(;゚∇゚)/

 ちなみに来年の開催地は三重県。

 ひょっとして、鈴鹿サーキットが舞台かな・・・?

 地理的にも出れなくはないケド・・・。

 ただやっぱり、このスポーツで気になるのは落車とそれに伴うケガ。

 他のスポーツでは、まあ余程のコトがない限り大きなケガをすることはないケド、自転車競技は違います・・・。

 どー気をつけていても、目の前で転ばれたら避けようがありません。

 そして、良くて擦過傷。ヘタすれば骨折・・・などのケガに見舞われます。

 それも、若いうちはまあ周囲も許してくれるかも知れませんが・・・。

 40歳も半ばを過ぎて、趣味の自転車で転んで骨折してシゴトを休む・・・なんてコトになると洒落になりません。

 ということで、「試合に出る」などという大それたことは考えずに、気が向いた時にボチボチ走る・・・コトを目標にします。

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強者の子孫

 スポーツ漫画「エースを狙え!」には名文句や心に残るエピソードが多く、私もこのブログでよく書く・・・。(^-^;

 例えば、楽天の野村監督がよく使う「負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちあり」という言葉も、エースを狙え!で使われたのが先(だと思う)。

 そして、日本のスポーツのレヴェルは世界と比べて決して高いとは言えない。

 「エースを狙え!」でもそれに触れているエピソードがある。

 主人公である岡ひろみらが初めての海外遠征に出るときのハナシ。

 日本庭球協会の竜崎理事(お蝶夫人=竜崎麗華の父親)が選手を集めて訓示を垂れる。

 「確かに、日本のテニスは世界に比べて遅れている。但し我々には歴史がある」という内容のハナシ。

 その歴史とは・・・、例えばこの選手たち。

 熊谷一称選手。

 テニスの全米選手権でベスト4進出。またオリンピックで、シングルスとダブルスで銀メダルを獲得した。これは、日本のスポーツ選手が初めてオリンピックでメダルを獲った瞬間でもある。

 清水善造選手。

 ウィンブルドンで3位に入った。(正確に言うと、挑戦者決定戦でチルデン選手に負けた)

 この時、相手のチルデン選手が転倒したのだが、清水善造選手はチルデン選手が立ち上がって打ち返せるように、ワザと遅い球を返したエピソードは有名。確か、学校の教科書にも載った。

 佐藤次郎選手。

 世界ランキング3位。4大大会でも通算で5回ベスト4に入った。実績では日本のテニス史上最高の選手。

 しかし、26歳の時にマラッカ海峡にて投身自殺。

 ハナシを戻すと、竜崎理事は「日本のテニス選手は世界の舞台において、断じて弱者ではなかった。諸君らは強者の子孫として自信を持って試合に臨んで欲しい」と締めくくった。

 日本の自転車競技も世界とは差がある・・・と言われている。

 一般には、世界選手権で10連覇を果たした中野浩一選手が有名だが、それ以前でも実は世界選手権で入賞した選手はいる。いくつか挙げると、プロスプリントで平間誠記選手が5位で、吉川多喜夫選手が6位になっており、阿部良二選手は3位と6位の実績がある。意外にも、団体追抜きでは5位に入ったこともある。

 オリンピックでは坂本勉選手が3位、十文字貴信選手も3位。チームスプリントでは2位の実績もある。

 どうだろう・・・?

 果たして日本の自転車競技は「弱者」なのだろうか?

 なんだかんだ言いながらも、何年かに一度は世界の舞台で好成績を収めていると言って良いのではないか。

 そして今年のツール・ド・フランス・・・。

 これからは、何ら臆することなく世界の舞台に出て行っていいのではないかと思う。

 

 

 

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記憶に残る名選手その14

 自転車競技には、4000m個人追抜きというトラック種目がある。

 イワユル、独りで走る「タイムトライアル」競技なのだが、実際には正反対の位置に相手走者が存在する。本来は、この「相手走者」に勝つことを目的としているのだが、国内大会ではタイムレースで行われることが多い。

 ワタシ自身は、この種目を「専門」としていた時代がありそれ故に思い入れが大きい種目でもある。

 ワタシが思うに、最も「美しい」トラック競技種目だと思う。

 ワタシがこの種目を初めて走ったのは15歳の時。

 高校に入学してまだ間もない、6月ぐらいだったと思う。

 そしてその時のタイムは、5分39秒。

 今では、「遅っそーい」と言われそうだが、当時はそうでもなかった。

 なんせ、その前年のインターハイ大阪代表のタイムが5分30秒ぐらいだったのだから・・・。(^-^;

 当時、高校1年生としては評価されたタイムではあったが、なぜかその後このタイムをナカナカ破れなかった。

 実はよくあるんですよ、こんなパターン。

 フシギと4000m個人追抜きは、「ビギナーズラック」が発生する種目。

 初めて走る時は、(アタリマエですが)一生懸命走るしホントに必死になる。

 ただその後、初めてにしてはケッコーいいタイムが出たこともあり、「欲が出る」ことも多い・・・。そして、「ペース配分をもっと考えたら・・・」とか「相手をペースメーカーにしたら・・・」とか考えたりする。

 そーなると、またコレもフシギとタイムが伸びない・・・。(^-^;

 そーゆー難しい種目なのです。

 この種目を得意としていた選手は・・・、大沢鉄男選手。

 この選手はかつて、全日本選手権の1000m独走で2回優勝し、4000m個人追抜きでは7連勝!を果たしています。マジです。ホントです。

 ちなみにこの大沢鉄男選手、全日本選手権2勝が示すように1000m独走も得意でした。

 1960年のローマオリンピックでは1000m独走に出場して、1分11秒86!!

 (今から50年前ですよ・・・)

 ただこの大沢鉄男選手、ある時ホントに「スパッ」と引退されました。

 自転車競技と生活がうまく行かなくなったから・・・というのがその理由だったようです・・・。(;д;)

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夏の試合

 三日連続のインターハイネタ・・・。(^-^;

 インターハイ自転車競技の最終日は、三重県鈴鹿サーキットに舞台を移しての個人ロードレース。

 結果から言うと、奈良北高校の山本元喜選手が2位を約1分引き離しての独走ゴール!ミゴト、優勝を果たしました。

 ちなみに2位以下は集団でのゴールですので、山本元喜選手の積極性と勇気が功を奏した・・・というトコロでしょうか。(レース展開は知りませんが・・・)(^-^;

 ただ、「単独での逃げ」というのはワタシもやったことがありますが、ホントにキツイです。

 なんせ相手は集団で追ってくるワケですから・・・。

 例え相手と何分離れていても安心は出来ません。

 従いまして、アタックをかけるにしてもそのまま「単独で逃げる」という判断をするにしても、「勇気」が必要だと思います。

 そしてワタシの長女も高校生。

 中学~高校と同じクラブ活動をしており、中学時代は地域大会→県大会→地方大会と勝ち抜き、全国大会への出場を果たしたが、高校でのレヴェルはイマイチ・・・。

 昨年は、地域大会(緒戦)落ち。

 2年生として望んだ今年は、先日の地域大会を勝ち何とか県大会へとコマを進めた。

 全国大会出場というのはちょっとムリかも知れないが、地方大会へは「行く気満々」。

 頑張ってちょうだい。

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四国路を駆けろ若人意気と熱

 現在開催されている全国高校総体(インターハイ)には、毎年「スローガン」があります。

 ワタシの高校時代3年間はそれぞれ、「競おう技深めよう友情」「四国路を駆けろ若人意気と熱」「羽ばたけ青春広げよう友情」でした。

 ちなみに今年のスローガンは、「君が今、歴史の新たなページを創る」です。

 カッコいい・・・。(*^-^)

 さて注目の「高校3連覇」がかかる元砂勇雪選手ですが、予選・準決勝ともに1位で通過しており、落車にでも遭わない限り3連覇は濃厚では・・・という感じです。

 あと特筆すべきは、4000m団体追抜きのレヴェルの高さですね。

 予選1位は、元砂勇雪選手を擁する奈良昇陽高校で、4分29秒台です。

 コレ以降も4分30秒台がズラリと続き、予選10位の学校でも4分37秒台です。

 つまり、例え4分40秒を切ったとしても10位がイイトコ・・・なのです。(^-^;

 4分40秒以内で走ることが出来る学校が10チームある・・・。

 これは、大学生チームと大差ないレヴェル。

 素晴らしいですね。

 それと高体連自転車競技専門部のホームページ

 リザルトの更新が、はやーい。いいシゴトしてますね~。

 忘れてならないのが山梨の末木浩二選手。1000m独走で優勝しました。o(*^▽^*)o

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奇跡の価値は・・・

 今年のツール・ド・フランスは、アルベルト・コンタドールが2年ぶりの優勝を果たして幕を閉じた。

 最終日は恒例のパリ・シャンゼリゼをゴールとしたコースだったが、別府史之選手が積極的に逃げを打ち、敢闘賞を受賞した。

 ナント!シャンゼリゼの表彰台に上がる、という快挙だ。

 そして、日本の自転車競技史に新たなページを刻んだ・・・。

 まさに、「奇跡は起こしてこそ価値があるのよ」(by 葛城ミサト From 新世紀エヴァンゲリオン)(^-^;

 ただ、「奇跡」と呼んでは当のお二人に失礼かも知れないが・・・。

 まあしかし、コレに比べれば日常のシゴトなんて大したことないでしょ。

 たまに職場で、「無茶言うなよ~!」とか叫んでいる人がいますが、言うほどの無茶じゃないでしょ?たぶん。

 せいぜい、「今日中に報告書をまとめろ」とか「今週中に設計を終われ」とか、そんなレヴェルでしょ?

 別に、「ツールに出て完走しろ」とか言われたワケじゃないでしょ?(^-^;

 心配しなくても、周囲の人は分かってますよ。よっぽどのコトがない限り、出来ないことは頼みません

 だって、頼んでホントに出来なかったら、困るのは周囲なのだから・・・。

 ワタシ自身も中学・高校・社会人と、自転車競技に熱中した。

 まあ残念なコトに特筆すべき成績は残せてないけど、学んだコトは一杯ある。

 ひとつは、「素質の有無」。

 ワタシは、イワユル「運動選手としての素質」は皆無だった。イヤ、マジで。素質なんて、カケラも無かった。

 だから、努力した。

 けど、一流選手にはなれなかった。

 モチロン素質だけでなく、ワタシ自身の努力もまだまだ足りなかったと思う。

 ただ、本当にホンキで努力すれば、たいていのコトは出来るんじゃないか?と思えるようになった。

 なんか、おぼろげながらも「そーゆーことか・・・」というコトをつかんだ・・・ような気がする。

 ダイジョーブですよ。一生懸命やれば。

 道は何とか開けるものです。

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別府!!

 アタリマエだが、九州の温泉地のコトではナイ・・・。(^-^;

 それにしてもやりましたね!別府史之選手。

 この終盤に来てのステージ7位!

 素晴らしい!!

 選手は、前日のタイムトライアルと翌日に控える最後の難関「モンヴァントゥー」に挟まれたステージで「体力温存」を最優先したかも知れませんが・・・。

 従って、山岳コースでありながら「大逃げ」がないスプリンターのステージ。

 それでもスゴイ!

 かつてワタシは、日本最強のロード選手と書いたコトがありますが・・・。(^-^;

 そして日本人選手2名のシャンゼリゼ・ゴールは、ほぼ確定か?

 ただ・・・、今年の世界選手権の日本代表ロード選手は誰になるんでしょうかね?

 日本自転車競技連盟も、イワユル「うれしい悲鳴」になりそうです・・。

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フィナーレ間近

 今年のツール・ド・フランスも残りあと3ステージ。

 ランス・アームストロングの復帰、日本人選手2名の大健闘など話題には事欠かなかったが、個人総合ではアスタナチームのアルベルト・コンタドールがトップ。

 2位にサクソバンクチームのアンディ・シュレックで、3位はアームストロング。

 上位リザルトを見る限り、さながら「アスタナ」対「サクソバンク」の一騎打ち。

 特にアスタナは、コンタドール・アームストロング、そしてアンドレアス・クレーデンで「表彰台独占」を狙っている・・・か?(^-^;

 ただ総合1位は、コンタドールの強さを見ると今年は「決まり」のような気がする・・・。

 昨日のタイムトライアルでも、予想通り?ステージ1位。

 総合では2位との差は4分11秒。

 山岳ステージは残り2つだが、コンタドールに死角はない。

 あと、大健闘の日本人選手2名も是非ともシャンゼリゼにゴールして欲しい。

 日本の自転車競技史に、新たな1ページを刻むためにも。

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人類の進歩と調和

 人間というモノは進歩しないものだな・・・と思える出来事があった。

 いや正確には、「人間というモノは」ではなく「ワタシが」ですが・・・。\(;゚∇゚)/

 昨日からお酒を控えようと思い立ち、そして何か運動を・・・と考え朝の通勤をちょっと遠回りしてみよう・・・と今日からソレを始めた。

 うん?確か以前もこんなことがあったような気が・・・。

 そう!ありました。

 ちょうど1年前の7月13日です。(^-^;

 しかも、「スポーツマスターズ出場」とかワケの分からないコトも書いています・・・。

 アルツハイマーならぬ、「アル中ハイマー」発覚。

 まあそれはさて置き、ちょっとずつ運動してみよう・・・と思う。

 ひょっとしたら、来年から所属していた某自転車チームに復帰するかも知れんし・・・。

 そー言えば、スポーツマスターズの初日は9月16日。

 そう、昨日このブログに書いた「技術士一次試験研修」の日。ちゅうことは、どっちにしろ出られへんわ。エエ言い訳がでけた。

 ちなみに、この日はナンと!

 かつてワタシが所属していた自転車競技部の創部50周年記念式典の日・・・。

 Σ(゚д゚;)

 仕方ないですぅ~、シゴト(の一環)なんですぅ~。行けませ~ん。

 顧問の先生、申し訳ありません。m(_ _)m

 

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順位はさほど・・・

 日本人選手2名が出場しているというコトで、例年になく報道量が多いように思う今年のツール・ド・フランス・・・。(^-^;

 ちなみにワタシが取っているとある地方新聞の夕刊にも、毎日写真付きで記事が載っている。恐らく、新城選手や別府選手の地元ではもっとスゴイことになっているのでは・・・と想像する。

 さて、そのツール・ド・フランスであるが、いよいよ最初の正念場であるピレネー山脈ステージに突入した。

 第7ステージの終了時点で、総合トップはノチェンティーニ(イタリア、アージェードゥーゼルチーム)。しかし、2位コンタドール3位アームストロング4位ライプハイマーとアスタナチームの選手が続く。

 これに対して、新城選手と別府選手は150位以下だ。

 出場選手は、各チーム9人×20チームなので180名。

 なんだ、日本選手はやっぱりダメじゃん・・・、というのは誤解です!!

 自転車のロードレースという世界は、個人種目でありながら実はチーム競技。(←なんやそれ)

 つまり、各チームに「エース選手」が存在しており、極端なハナシ他の8人の選手はその1人のエース選手を勝たせるために働くのです・・・。

 この8人の選手は、「アシスト選手」(アシスタントの略)と呼ばれます。

 彼ら「アシスト選手」にとって、自分の順位は重要ではありません。「エース選手」が勝つためにあらゆるシゴトをします。その結果、自分の順位が落ちようがリタイアするコトになろうが、それはそれでOKです。

 要は、1人対189人で戦うよりも9人対181人で戦った方が勝率は上がるでしょう・・・、という考え。

 日本の競輪にも同じような考えがあります。

 競輪は通常9人で行われチーム制ではありませんが、居住地が近い選手や練習仲間が「協働」して走ることが多く、この協働する選手同士を「ライン」と呼びます。

 例えば、ある先行選手がいてそれをマークする選手がいて、さらにその後ろでブロックをする選手がいる・・・ような感じです。

 これもある意味、1人対8人で戦うよりも3人対6人で戦った方が・・・というコト。

 陸上競技のマラソンに例えられることもある自転車のロードレースですが、コト順位に関してはまったく異なる競技と言ってヨイと思います。

 

 

 

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5位!

 やりましたね!新城幸也選手!

 見事!ツール・ド・フランスの第2ステージで5位に入りました。素晴らしい!

 そして別府史之選手は第3ステージで8位!

 いや~、まさか生きてる間に日本人選手がツールのステージで入賞する場面を見ることができるとは・・・。

 長生きはしてみるもんです・・・。(ヲイヲイ)

 しかし、第2ステージではゴール前数kmはペースが落ちたこともあって競輪競争みたいでしたね。危ない危ない。(^-^;

 ただ、このブログをご覧になってる方であまり自転車競技になじみのない方、実はコレはスゴイことなのです!

 サッカーに例えると、ワールドカップの本大会で予選リーグではあるけれども、日本がブラジルに勝った・・・ぐらいですか・・・。(^-^;

 違うか~!?(←最近、コレを連発するお笑いの方が居られますね・・・)(*^-^)

 まあしかし、新城幸也選手もスゴイのですがよく考えてみると、今現在日本国内のロードレースでトップクラスの選手もまたスゴイのではないか?と思うのです。

 と言いますのは、新城幸也選手は先日行われました全日本ロードレースに欧州から帰国して出場しました。その結果は4位。・・・つまり負けたのです。

 反対に、全日本ロードレースで圧倒的なチカラを見せつけて優勝・・・していたのであれば、新城幸也選手はやっぱりスゴイ!・・・で終わるのですが、彼は4位でした。

 ということは、今現在日本国内で走っている選手もケッコーなレヴェルにあるのではないのですか?

 違うか~!?

 ちなみに、各国のナショナルチャンピオンを決める試合は公平を期すために、同じ日に行われます。そして、プロフェッショナルとして走る以上、移動に要する労力や時差はカンケイありません。 

 モチロン、自転車ロードレースは個人競技でありながら、チームの戦略も重要視されるある意味特殊なスポーツ。それは分かっています。だから、一概には言えない部分もあります。

 ただ・・・、ワタシは日本国内で走っている選手はもっと自信を持っていいと思います。

 かつて、日本国内のロードレースを見て「ツール・ド・フランスごっこ」と揶揄した人もいましたが、なんの何の。

 わずか数年でココまで進歩しましたね。

 さて、ワタシは機械系技術者(のつもり)です。

 そして機械装置は、計算以上の能力は絶対に出せません。

 しかし人間は違います。

 そのモチベーションや精神状態、支えてくれる周囲の方やファンの方の後押し。

 それらの相乗効果で、計算以上の結果は期待できると思います。

 同時に人間は、機械装置にはないモロイ面も持ち合わせています。

 そろそろ、「頑張れ」というコトバを使わない応援を考えてみても良いのではないかと思います。

  

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開幕!

 いよいよ今年もツール・ド・フランスが開幕しました。

 「世界最大の自転車レース」と称されるこの大会、欧州地方ではオリンピック・サッカーのワールドカップと並んで、「世界3大スポーツ」とも言われています。

 特に今年は、新城幸也選手と別府史之選手という二人の日本人選手が出場していますので、一般の注目度も高いように思います。

 開幕して初日は復活した個人タイムトライアル。

 F1グランプリで有名なモナコを走る15.5kmの特設コース。

 ただ、例年の「選手紹介コース」というレヴェルではなく、最大勾配10%の登りとヘアピンカーブが連続する下りがあるかなりの難コース。

 結果は、カンチェラーラが優勝。新城幸也選手はトップから2分7秒遅れの126位。

 別府史之選手は同じく2分52秒遅れの173位。

 初日の段階で、早くもトップとラストの差は約3分・・・。(^-^;

 厳しいのお・・・。

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優勝は・・・

 第12回全日本自転車競技選手権大会ロード・レースは、愛三工業の西谷泰治選手が優勝!ヽ(´▽`)/

 おめでとうございます。

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ライブ!

 今日は全日本自転車競技選手権大会ロードレースです。

 何と今年は!インターネットでライブ中継もあります!

 素晴らしい!o(*^▽^*)o

 昨日行われたジュニアの部では、高校の後輩が3位に入賞。

( ^ω^ )

 ちなみにこの選手のおとーさんはロサンゼルスオリンピックの日本代表で、現在も現役の競輪選手。何を隠そう、ワタシの同級生です。

 さてまさに、どのチームも「絶対に負けられない戦い」。

 頑張ってね。

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頂上決戦

 また今年もこの日がやってきました・・・。今週の日曜日。

 そう、自転車ロードレースの日本一を決める頂上決戦、全日本自転車競技選手権大会ロードレース。場所は広島中央森林公園

 早いもので、アレからもう一年・・・。

 先日開催された前哨戦ともいえる西日本実業団ロードレースでは、見事!シマノチームがワンツーフィニッシュを決めた。この勢いそのままに頂上決戦でも勝利をつかめるか?

 ヨーロッパのプロチーム、ブイグテレコムからはツール・ド・フランス出場を決めた新城幸也選手が参戦。

 基本的には単独での闘いとなるはずであるが、昨年まで所属していた梅丹本舗 - グラファイトデザインチームがアシストを務める可能性はある・・・か。

 梅丹本舗 - グラファイトデザインチームといえば、同チームに所属する「男気」岡崎和也選手がこのレースを最後に現役を引退されるそうだ。

 年齢は37歳。最近は、息の長い選手が多くまだまだやれそうな気がするが・・・。残念です。

 また、同じ全日本の個人タイムトライアルレースで好調だった愛三工業勢にもチャンスはある。

 まさに国内最高峰のワンデイレース。

 さて今年の結果は・・・?

 見に行きたいのはヤマヤマであるが、広島県はサスガに遠い・・・。(^-^;

 例年通り?ライブブログを見ながら応援します。

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こちらも出場決定!

 以前、スキル・シマノチームがツール・ド・フランスに出場することが決ったと書いた。その後、サッカーではワールドカップ出場が決った。(カンケイないですね・・・)(^-^;

 そしてまた、日本の自転車競技界にビッグニュース!(ちょっと遅いけど・・)

 フランスのロードレースチーム「ブイグテレコム」に所属する、新城幸也選手のツール・ド・フランス出場が決った!

 ツール・ド・フランスには各チーム9名の選手が出場できるのだが、その中でも上位6選手の中に選ばれた。ちなみにフランス人以外では、ロシア人選手が一人入っているだけ。素晴らしい!(残り3名の選手は後日発表だとか・・・)

 「戦後二人目になる日本人選手のツール・ド・フランス出場」と見出しがついていたウエブサイトもあったが、一人目は純粋な実力で出場したワケではないから、ホントにスゴイ。

 ただ・・・、もうちっと一般紙なんかで取り上げて欲しかったな・・・。

 ある意味、サッカーのワールドカップ出場よりスゴイことなのに。

 また、冒頭のスキル・シマノもツール・ド・フランスに出場する6名を発表したが、残念ながらこの中に日本人選手は含まれていない。

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西日本実業団トラックレース

 久しぶりの自転車ネタ・・・。(^-^;

 先週末は、大阪府河内長野市にある関西サイクルスポーツセンターで、西日本実業団トラックレースが開催された。

 本来はアマチュアのレースだが、昨今のオープン化を受けてプロ選手(競輪選手)も多く出場した(みたい)。

 中でも注目は、全日本強化選手で北京オリンピックの代表でもある北都留翼選手。(以前、このブログでも書いたことがある)

 その北都留翼選手、スプリントの200m予選でナンと!10秒23というタイムをマークした。

 1000m独走でも伊藤保文選手が1分5秒189という実業団新記録を出した。

 いや~、見たかったな~。ちなみに伊藤保文選手は御年37歳!

 他にもワタシの同級生でまだ現役の競輪選手が、ワタシが大阪に住んでいたときに所属していたチームから出ていた。

 最近、レヴェルが落ちたと言われるアマチュアのトラックレースではあるが、プロ選手と戦うというコトは良い経験になるし、お互いに良い影響を与え合ったらいいな・・・と思う。

 そーそーカンケイないけど、今回で記念すべき?777回目。

ヽ(´▽`)/

 何かゲンが良さそう・・・。

 会社の帰りに勝負!してみるか。

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ジロ!

 アト2日間を残すのみとなった、イタリア1周自転車レース。(ジロ・デ・イタリア)

 世間一般には、「世界最大の自転車レース」と称されるフランスを1周するツール・ド・フランスが知られているが、実はコースの難易度はジロ・デ・イタリアの方が上・・・という意見もある。

 さて、そのジロ・デ・イタリア。

 山岳コースである、第10ステージでトップに立った「キラー」ディルーカの余りの強さに、「今年はコレ(ディルーカ)で決まり」と思われた・・・。

 しかし、第12ステージの山岳タイムトライアルでメンショフがその差をひっくり返して総合1位の座に就いた。

 そして総合2位はディルーカ。

 第16~17ステージと続く厳しい山岳コースでもその順位は変わらず・・・。

 昨日の第19ステージで、ディルーカはメンショフとの差を18秒差!まで詰めたが、逆転はならず。

 残すところは、第20ステージと21ステージ。

 ただ、第20ステージは平坦コースが続くのでタイム差を詰めるのは厳しい・・・。

 最終の第21ステージは14kmちょっとを走るタイムトライアル。

 う~ん、タイムトライアルでは・・・メンショフの方が上・・・か。

 厳しい状況に追い込まれたディルーカです。

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競技レヴェル

 以前このブログで、日本の自転車競技界でケッコー上の立場にいる方が、「昔の方が競技レヴェルが高かった」というコトを言っている、と書いた。

 その方の発言を要約すると以下のような内容だったと思う。

 「昔(1980年代)は、ロード選手とピスト選手という区別はなかった」、

 「1000m・T・Tを1分8秒台で走れて、ロードレースにも出て好成績を収める選手は大勢いた」、

 「4000m団体追抜きでは世界との差は10秒ぐらいしかなく、あと少しで世界のトップになれた」

 確かにこれは事実。

 4000m団体追抜きのハナシは恐らく、岡堀選手・池浦選手・添田選手・斉藤選手で組んだ「史上最強チーム」のことだと思う。確か、オランダで行われた世界選手権で11位に入った。

 この発言の背景には、現在の国体や実業団の試合で「タイムが伸びていない」ことがあると思われる。この方が活躍された時代と比べると、機材は格段に進歩していると思う。

 ソレに対して、「タイムはどうよ?」というコトであろう。

 まあ最近の、大阪大会や近畿大会のリザルトを見ると・・・気持ちは分かる。(^-^;

 ただ、だからと言って「レヴェルが落ちた」という決めつけ方はどうか?と思う。

 アテネオリンピックでは銀メダルを獲得し、北京オリンピックでは6位だったチームスプリント。これは、当時の4000m団体追抜きよりは上のレヴェルと評価して間違いないと思う。

 但し、現在における4000m団体追抜きのレヴェルは世界との差は大きい。

 要は、ある側面だけを見て「レヴェルが落ちた」という評価をしているだけだと思う。

 また、ロードレースとトラックレースを「掛け持ち」で出る選手も減った。

 これはむしろ、「レヴェルが落ちた」のではなく反対に「ロードレースのレヴェルが上がった結果」だと思う。

 レヴェルが上がった結果、昔のようにピストとの掛け持ちが難しくなった・・・のではなかろうか。

 いずれにせよ、「昔」と「今」を比べたならば「今」の方がレヴェルが上に決っている。

 極端なハナシ、そこに論理は必要ない。

 今の方がレヴェルが上!これは間違いない!

 例えば野球の世界で、昔の名選手である「沢村栄治投手の方が今の投手より速かった」と言ってるようなもの。(例えが古過ぎますね・・・)(^-^;

 そんなこと無いって。

 松坂投手やダルビッシュ投手の方が速いって、絶対。

 

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フレッシュワロンヌ!

 先日のアムステルゴールドレースの新城幸也選手に続いて、フレッシュワロンヌでは別府史之選手(スキルシマノ)がモロー選手と序盤から飛び出し、100kmに渡って逃げ続けた模様・・・。;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

 素晴らしい!!

 土井雪広選手(スキルシマノ)も後続集団で走り、最後は遅れてしまったみたいだけど、ミゴト完走を果たした(らしい)。

 ただ・・・、テレビ中継は無かったみたいですが・・・。

 けど、マジでスゴイな~と思います。

 日本人選手が、欧州のクラシックレースで2戦続けて逃げを打つとは・・・。

 某専門誌では、日本の自転車競技界でケッコー上の立場にいる方が「昔の方がレヴェルが高かった」とか言ってる記事を見るけど、なんの何の。

 確実に新しい時代が訪れつつあると思います。

 ・・・ただ、野球やその他のスポーツでもそうですが、既に競技を辞めて第一線を退いていながら、「オレたちが現役の時の方がレヴェルが高かった」と公言するというのは・・・。

 事実かどうかはさて置き、人としてどうか・・・と思います。

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幹事からの返信

 今日行われる高校時代の恩師のお祝い会。

 幹事に「ゴメン、シゴトで行けなくなった」とメールを入れたら、「もう選抜大会の団体追抜きでストラップ外して負けたハナシはせえへんから、出て来いよ~」という返信があった。

 やっぱり、あのネタになるんですか・・・。\(;゚∇゚)/

 実は、ワタシは高校3年生の全国高校選抜大会団体追抜き競技の準々決勝のスタートで、ストラップを外してしまい、その結果チームが負けたことがある・・・。

 そう、全国大会でベスト8まで勝ち上がった後に・・・である。(゚ー゚;

 まあ、飲み会のたんびにその「ネタ」で苛められるのである。

 青春時代の大失敗は、いつまでもココロに残り忘れられないモノだ。

 ただ、笑いながら酒席のネタになるまでは、ケッコーな時間が必要だった・・・ような気もするが。

 

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まさかの敗戦

 ・・・ワールドベースボール・クラシックで優勝したのに、なんてタイトルだ!とお怒りにならないで下さい・・・。(^-^;

 ハナシはちょっと違っていて、全国高等学校選抜自転車競技大会のコトです。

 ワタシが注目していたのは、奈良県棒生昇陽高校の元砂勇雪選手。

 この選手、高校1年生の時にインターハイ・国体・高校選抜に優勝して、「高校3冠」を成し遂げました。2年生となった昨年も、インターハイ・国体に優勝して、この高校選抜大会の優勝も確実視されていました。

 その通り、初日のロードレースに優勝!

 トラック種目のポイントレースでも、まあ間違いないな・・・と思っていました。

 しかし結果は、まさかの10位。

 リザルトを見ると、優勝した同じ奈良県の奈良北高校の山本元喜選手が4回目から8回目までのポイント周回をトップ通過(5点)しています。

 他の選手のポイントは結構バラけていますので、推測するに、恐らくこの山本元喜選手の「単独逃げ」があったのでは・・・と思います。

 またこれも推測なのですが、同県の山本元喜選手は元砂勇雪選手の強さを誰よりも良く知っていた。そして、その元砂選手に勝つには「コレしかない」という単独逃げを敢行したのでは・・・。

 まあ、「見てきたような」コトを言ってますが・・・。(^-^;

 しかしこれが勝負というものでしょう。

 ただ、元砂勇雪選手に連覇へのプレッシャーがあったのか・・・というと、それは無かったのでは?とまた勝手に推測しています。

 恐らくこの選手は今、「走るのが楽しくて仕方がない」状態では・・・?と思います。

 あ、ワタシはモチロン、実際に元砂選手と会ったことも無ければ、話をしたこともありません。

 基本的に、連覇へのプレッシャーというのは「勝ちたい」という純粋な勝利への執念よりも、「(続けて)勝たなくては」という義務感の方が上回った時に生まれると思います。

 だから、「純粋に走ることが好きで、勝つこと以外に余計なコトを考えない」選手には、プレッシャーというのは生まれにくいと思います。ワタシの勝手な推論ですが・・・。

 元砂選手以外に注目していたのは、山梨県甲府工の末木浩二選手。1000m独走に出場して、1分8秒台で2位と立派な成績でした。

 そして忘れてならないのは、ワタシの知り合いであるKサンとNサンのご子息も出場されていたというコト。

 お二人とも残念ながら予選落ちでしたが、今後に期待したいと思います。

 

 

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ツール出場決定!

 日本の自転車部品メーカーであるシマノがスポンサーを務める、スキル・シマノチームが世界最大の自転車レースである、ツール・ド・フランスへの出場を決めた!

 スキルシマノチームには現在、別府史之と土井雪広の2名の日本人選手が在籍している。

 この2名が「ツール」を走るかどうかは未定だが、日本の自転車競技界にとってはカナリのビッグニュースだと思う。

 しかし・・・、一般にはほとんど報道されていないが・・・。(^-^;

 まあ、日本のスポーツジャーナリズムはそんなレヴェルなんだろうな。

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わが師の恩

 ワタシが通っていた高校は、アタマは悪いけどスポーツとケンカは強いという、大阪ではアタリマエの工業高校だ。このブログでも何度か書いているが、建築家の安藤忠雄氏も卒業生の一人。

 ちなみに、その安藤忠雄氏は元プロボクサー。

 まあ、ケンカが強いという校風を実証されている・・・。(^-^;

 あとはスポーツの方。(ケンカもスポーツの一種というツッコミは置いといて・・・)

 確か、ワタシが3年生の時に野球部は夏の甲子園の大阪地区予選で、ベスト4まで進出した・・・と思う。イワユル「私学7強」の壁を打ち破り、甲子園まで「あと二つ」となるまで勝ち進んだ。

 そして、ワタシが所属していた自転車競技部も強豪校のひとつだった。

 この4月に、ワタシが所属していた当時の顧問の先生が定年退職される。

 そう、ワタシが高校生だったのは既に30年も前のハナシなのだ。

 その先生のお疲れ様会が大阪で行われる。

 場所は、ナント某競輪場の選手宿舎。(^-^;

 実はコレ、遠方から来られる人が気兼ねなく「宿泊」できるようにとのココロ使い。

 ちなみに、宿泊料は無料だ。

 このプランを企画したのは、ワタシの同級生。今も現役で走る競輪選手だ。

 行きたいのは山々なのだが・・・。

 ちょっと、行けそうにない・・・。(ρ_;)

 ココでも恩を返せないワタシがいる・・・。

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ワールドカップで金メダル

 コペンハーゲンで開催されている自転車競技の「UCIワールドカップ第5戦」で、日本代表の盛 一大選手が金メダルを獲得した!

 種目は、スクラッチ。

 ちなみに盛 一大選手は、昨年の世界選手権でも同種目で6位に入賞している。

 自転車競技の「ワールドカップ」とは、サッカー競技のように4年に一度の大会ではなく、毎年世界各地を転戦して行う国際競技大会。スキー競技などと同じ方式である。

 正直、大会によってはレヴェルが低かったりするのだが、それでもヨーロッパの選手が参戦した国際大会での優勝は素晴らしい!の一言。

 昨年の世界選手権6位という結果からも、紛れも無くこの種目では世界のトップクラス・・・と言ってヨイのでは?

 今年の世界選手権も期待したい。

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記憶に残る名選手その13

 佐藤政志選手。

 青森の三戸高から丸石自転車に入り、主に実業団で活躍した中長距離選手。

 ちなみに高校は、「ロスの超特急」坂本勉選手と同級生。

 高校時代は、インターハイのポイントレースで4位、東北大会でも入賞レヴェルであったが、彼の素質が開花したのは実業団に入ってから。

 当時の実業団は、シマノやサンツアーを擁する西日本の方が圧倒的にレヴェルが高く、東日本は宮田やブリジストンが何とか対抗できる・・・状態であった。

 そんな中で、佐藤政志選手は全日本実業団の個人追い抜きやロードレースで上位入賞を果たした。その結果、専門誌には同級の坂本勉選手と比較し、「坂本ダメ、佐藤ヨシ」という記事まで載った。

 超一流・・・という程ではなかったが(失礼!)、堅実な走りが印象に残る名選手である。

 ただ・・・、高校卒業時には競輪学校を受験されたが、どうやら「落ちた」らしい・・・。

 ワタシと同じである・・・。

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次代を担うスプリンターたち

 昨日は、第50回競輪祭の最終日だった。

 地元福岡の北都留翼選手は決勝までコマを進め、果敢に先行して見せ場を作った。(らしい)←見てないので・・・。(^-^;

 この北都留翼選手、ブログでも何度か書いているが高校時代にはインターハイと国体のスプリントで2連覇を果たしている。ただ、ご本人はソートーの「天然キャラ」なようだが・・・。

 思うに、この時代の高校短距離界は、複数の選手で勝ったり負けたり・・・ではなく、実力が段違いの選手が出現してその選手がタイトルを総ナメ・・・というのが多かったような気がする。

 この北都留翼選手以外にも、静岡の石橋慎太郎選手もそうだった。

 個人的には、オリンピックでメダルを獲得した永井清史選手を始めとして、北都留翼選手や石橋慎太郎選手、そして柴崎淳選手などはまさに「次代を担う選手」ではないかと注目している。

 そう、2世選手の菅田壱道選手や坂本貴史選手もいる。

 斜陽と言われて久しい競輪界ではあるが、将来が楽しみな選手がたくさんいるのもまた事実である。

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創部50周年

 昨日に続き、今日も自転車ネタ・・・。ヽ(´▽`)/

 ワタシが高校時代所属していたクラブが、今年創部50周年を迎えるそうだ。

 「自転車競技部」という、一般には聞きなれないクラブなのだが、大阪では最も古い歴史を誇る、イワユル「名門」というヤツ。(←自分で言うなよ)

 ちなみに、ワタシ主将(キャプテン)でした・・・。

 まあ、ワタシ自身は大した成績は残せてないが、クラブのホームページによると在学中も含めて日本代表に選出された選手は5名。

 有名なのは、ミュンヘン・モントリオールと2大会連続してオリンピック代表となった「ご存知」長義和選手。ちなみに、モントリオールオリンピックでは6位。世界選手権の代表に選ばれた回数に至っては、恐らくご本人も「何回選ばれたか憶えていない」ぐらいだと思われる・・・。\(;゚∇゚)/

 この長義和選手、ナンと!高校1年生の16歳で、全日本選手権に優勝された。モチロン、史上最年少。

 ワタシより、丁度10歳年長の大先輩である・・・。

 さてその創部50周年に関してだけど、どうやら記念行事が執り行われる模様。

 ただなあ・・・、なんせ場所が遠いので行けそうにない。

 それに今年の3月には、ワタシが高校時代に顧問をされていた先生が御定年を迎えられる。知らない間に、そういう歳になってしまった・・・。

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合格ライン

 日本競輪学校第98期試験の合格発表があった。

 有名ドコロでは、鹿屋体育大学の角令央奈選手がいる。彼は、中長距離が得意な選手だが以前から「大学卒業後は競輪選手になる」と言っていた。

 まあ、ピストのスピードは充分にあるので活躍は期待出来るのではなかろうか・・・と思う。

 以前もちょっと書いたことがあるが、日本の「競輪競争」はピストの「スプリントレース」よりも、「超短距離ロードレース」に近い側面があると思う。

 ちなみに、かつて「鬼足」の異名を取った井上茂徳選手も大学時代は中長距離の選手で、インカレのロードレースで優勝したことがある。

 ただ気になるのが、合格者のタイム・・・。

 1000m独走の最高タイムが1分10秒台で合格者の平均タイムが1分12秒34。

 3年前の95期試験の最高タイムは1分6秒台で、平均タイムでも1分10秒20。

 つまり、今期合格者の最高タイムと3年前の平均タイムがほぼ同じなのだ。

 まあ、走行条件が違うので一概に比較はできないが、それでも「かなり広き門になったのでは?」という気がする。

 ちなみに、ワタシのベストタイムは1分12秒17です・・・。(^-^;

 ええ、そうですよ。51期と52期を受けて落ちました。

 そうそう、試験といえば特許庁のホームページで今年の弁理士試験の告示がありました。

 勉強しないとね・・・。

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記憶に残る名選手その12

 スキルシマノチームの坂東晃監督が今年で勇退された。

 坂東晃選手。

 自転車競技の名門、福島県学法石川高校からシマノに進まれた日本を代表する中距離選手。

 高校時代から4000m速度競争を得意とし、高校2年生~3年生の時は連続してインターハイに入賞した。

 しかし、坂東晃選手のスゴイのはここから。

 シマノ入社後、社会人1年目の国体4000m速度でイキナリ優勝。翌年は2位だったが、さらにその翌年にはまた優勝。

 「速度の坂東」の異名を取る。

 しかし、2連覇を目指した長野国体では6位にも入れず(確か予選落ちだったと思う)、某自転車雑誌に「自信過剰による足の使いすぎ」と酷評された・・・。(^-^;

 全日本選手権での成績も素晴らしく、4000m速度競争で3勝そしてポイントレースでも2勝を挙げている。(ちなみにやっぱり、社会人1年目でポイントレースに優勝している)

 特に昭和56年の全日本選手権では、前人未踏の4000m速度競争とポイントレースの2冠を達成した。

 これも雑誌のインタビューで、「タイムトライアルは好きじゃない。やっぱり、他人と競る競技が好き」と話している通り、マスドレースではその強さを如何なく発揮した。

 ちなみにその昔、ワタシは近畿ロードで坂東晃選手と同じ集団で逃げて、そのまま一緒にゴールしたことがあります・・・。(*^ー゚)b

 その時、「うわっ、坂東晃選手と同じ集団だよ。これってかなりの上位集団か?」と思った・・・。

 ゴールしてみると・・・、そうでもなかった。

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ジャパンカップ

 モチロン、東京競馬場で行われるアレではない・・・。(^-^;

 本日、宇都宮市森林公園で開催されているアジア3大ロードレースのひとつでもある、自転車競技の方。

 ホームページはコチラ

 出場予定選手を見ると、お目当ての人は出ないみたい・・・。

 あ~あ、と思っていると今日のスタートリストにはキッチリとその名前が。ぅぉぉぉーヽ(゚ω゚ )ノヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノぅぉぉぉーヽ( ゚ω゚)ノヽ(゚ω゚ )ノ ぅぉぉぉー

 遠く離れたこの地で応援することにしましょう。

 ライブブログもあることだし・・・。

 また優勝は・・・、ちょっと無理か。

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教科書に・・・

 下の画像は、別に自転車関係雑誌の写真ではありません。

 では何の写真?

 実は、長女が通う高校の英語の教科書なのです!

Photo

 教科書には、「アームストリング物語」として、かつてトライアスロンの選手だったこと、ガンになったこと、母親とのやり取りなどが書かれています。(ワタシは読めないので、長女からそう聞いた・・・)(^-^;

 アームストロングもスゴイけど、それを教科書の題材とした人もスゴイ。

 日本もまだまだ見捨てたもんじゃない。

 

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Jツアー最終戦

 この日曜日は、自転車競技の「Jツアー最終戦」だった。

 「Jツアー」とは、全日本実業団自転車競技連盟が主催するツアーランキング決定方式で、年間13レースを対象として行い、総合優勝者を決める。

 その最終戦の舞台として選ばれたのが、石川県輪島市。

 このレースには、「能登半島地震復興支援」と銘打たれている。

 う~ん、全日本実業団自転車競技連盟もアジなことをしてくれる・・・。(*^-^)

 しかし、コースプロフィールを見る限りかなりの難コース。

 1周12.6kmの周回コースで、スタートからイキナリ平均勾配8%で3kmの登りがある。しかも、最大で14%ほど・・・・。\(;゚∇゚)/

 恐らく、フツーの人だったら自転車に乗っては登れない・・・。

 さらに、難しい下り坂がありその後は、また2kmの登り。ゴール前に少し平坦があるぐらいで、ほぼ登りと下りしかない。

 ちなみに、レース前のJツアーランキングトップはスキルシマノの狩野選手。

 そしてこのレース、同じスキルシマノの土井選手が優勝を飾った。スキルシマノチームのライブブログを読むと、野寺キャプテンを始めとするチーム員の献身的なアシストがあった模様。

 まあ、アシストというものはいつだって献身的なのだが・・・。

 狩野選手も3位に入り、Jツアーランキング総合優勝決定。

 これで、年間の主要レースはほぼ終り、あとはジャパンカップを残すのみ。

 シーズンオフは近いのだが、気になるのは各選手の今後。ブリジストン・アンカーやマトリクス、そしてスキルシマノに所属するベテラン選手は引退するのか・・・、といったトコロ。

 まあ、ワタシが気にしても仕方ないですけどね・・・。

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笑っている・・?

 前回のブログで取り上げた元砂勇雪選手。

 これは、笑っている・・・?

 笑ってますよね。;:゙;`(゚∀゚)`;:゙ 

 恐らく、ゴール前だと思うんですけど・・・。

 それでも、4000mを4分43秒で走った後に、ヒトは笑えるものなのでしょうか。

 ワタシ自身、ロードの試合では誰かとハナシをしたりして笑う時もあったけど、ピストの試合で笑ったことはありません。と言いますか、そんな余裕ありません。

 さて、この国体では陰ながら?応援していた山梨の末木浩二選手も優勝しました。良かった、良かった。

 同じ種目では青森の坂本周輝選手が4位だった。この選手は恐らく、坂本典男選手もしくは坂本勉選手のご子息では?と推測しています。

 成年の4000m速度競争では、先日のツールド北海道でも活躍した阿部嵩之選手が優勝。

 なんか、似た名前の選手もいるので、ちょっとびっくり。

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手がつけられない・・

 手がつけられないほど強い・・・。

 その昔存在した某自転車競技マガジン(←「某」になっていない・・)でよく使われていたコトバ。

 かつての長義和選手や岡堀勉選手、斉藤邦夫選手などがそう表現されていた。

 今現在、このコトバが最も似合うと思うのは、このブログでも何度か書いた「元砂勇雪選手」。

 昨年は、高校1年生でありながらインターハイと国体の4000m速度競争で優勝。

 今年のインターハイも4000m速度競争で優勝した。しかもタイムは、4分48秒台。高校生離れしている。

 と思っていたら、この国体ではさらにタイムを縮めて4分43秒013で2連覇を果した。

 4分43秒台でっせ、高校生の4速で・・・。

 かつて、「手がつけられないほど強い」と表現された岡堀勉選手が、栃木国体で樹立した4000m速度競争の日本記録が、4分46秒70なのだ。しかも、コレ成年の部である・・・。(^^;)

 ちなみに、同じ国体成年の部の優勝タイムは4分59秒303だった。

 元砂勇雪選手、ひょっとしたら現在4000m速度競争では、日本最強なのではないだろうか・・・?

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これはムリ・・・

 来年の日本スポーツマスターズに出場すべく、準備を進めていた・・・。

 と言っても、何のことはナイ。

 朝の自転車通勤で、2kmほどの登り坂を走るだけ。しかも、運動靴で・・・。(^^;)

 休みの日は、時間があれば「ちゃんとした」自転車競技のカッコウをして、また近所の道を走る。そんな程度。

 まあ、それでも完走くらいはできるだろう。どうせ、出場者数も少ないんだから、うまくいけば10位ぐらいに入れるカモ?

 などと思っていた・・・。

 どうやらそれは、トンデモナイ思い違いみたい。

 先日、高知県で開催された日本スポーツマスターズのリザルトを見てびっくり!

 私のひとつしたの年代クラスでは、下村英男さんと山本浩史さんの1-2フィニッシュ。

 私の年代クラスでは、国末明さんが3位って・・・。ナニそれ。

 まあ、はっきり言って無理ですね。

 やっぱ、やめとこう。

 おとなしく、サイクリングに精を出すことにします・・・。

 

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ただ仕事のためでなく

 最近読んだ複数の本で、ランス・アームストロング選手の著書「ただマイヨジョーヌのためでなく」が取り上げられていた。

 それも、スポーツ関係の本ではなく、ビジネス書や自己啓発書の類で。

 アームストロング選手はその著書の中で、「マイヨジョーヌを獲る(勝利する)ことが最大の目的ではなく、ガンと戦う人々に勇気を与えたい。」というようなことを書いているらしい・・・。(読んでいないので知らない)

 つまり、「ただマイヨジョーヌのためでなく」そして「ただ自転車競技のためでなく」という視点。

 仕事も同じで、「ただお金のためでなく」ということだろうか・・・。なんか、ワタシが書くとずいぶんレヴェルが違うような気がする・・・。

(^^;)アタリマエか。

 そのアームストロング選手、選手として復帰する計画のようだ。来年のツールドフランスで「8勝目」を狙うという。

 ただマイヨジョーヌのためでなく・・・読んでみようかな。

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合掌・・

 今朝、新聞をひらいて驚いた。

 「オールスター競輪で、内田慶選手が落車して頭を強く打ち、死亡」

 えーっ!という感じである。

 モチロン、ワタシに面識はない。

 しかし、オールスター競輪に出場するくらいだから、S級のトップ選手。

 そして、内田選手は4000m個人追い抜きにおいて、全日本プロ選手権で6連覇中の日本最強の個人追い抜き選手でもある。

 また、団体追い抜きの日本記録では、ジュニア・シニアの両方ともメンバーに入っている。

 全日本プロ選手権での、内田選手と飯島選手の対決は非常に見どころのある面白いものだったのですが・・・。(実際に見たことはありませんが)

 残念です。

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オリンピック雑感

 北京オリンピックの自転車競技、ピスト種目。

 日本チームは、チームスプリント6位、ケイリン3位、ポイントレース8位というのが主な結果。

 個人的には、非常に良くやったと思う。

 (まあ別に、ワタシが褒めたからといって、特に何か出るワケではないのだが・・・)(^^;)

 チームスプリントは、アテネ大会で銀メダルだったので成績としては前回よりかなり落ちた。

 しかし、今のイギリスとフランスに勝つのはちょっとムリ。特にイギリスは「どないしたん?何があったん?」と言いたくなるようなイキオイ。いや、イキオイではなく実力なのだが・・。

 そしてフランス。この2強に割って入るのはかなり厳しい。さらに、前回金メダルのドイツ。

 これらの列強諸国を相手にしての6位は非常に価値があると思う。

 ちなみに、今年の春に開催されたアジア選手権で日本チームは「屈辱の3位」に甘んじていたため、余計にそう感じる。ホントによく、チームを建て直した。

 ケイリンの3位。これもスゴイ。

 ひと昔まえは、「ケイリンは日本のお家芸」と言われたが、現在はちがう。それは「日本が弱くなった」のではなくて、「ケイリン」と「競輪競争」は違う種目になった。ただそれだけのコト。

 確かに、「競輪競争」は日本が発祥の地だが「ケイリン」は日本で生まれてヨーロッパで育った種目だ。映像を見る限り、「短距離スクラッチレース」といった感じ。

 ただ、「競輪競争」の先入観ナシで見るとかなり面白い。特に短走路では、あえて空気抵抗を一身に受けるリスクを犯してでも、先行策を選んだ方がいい結果につながるように思う。

 積極的に前へ前へ・・・、という自転車競技の基本がそこにはある。自転車競技選手にとっての最大の敵は、実は競う相手選手ではなく「風」。俗に言う「風圧」というヤツ。

 しかし、自転車競技のルールや不文律は良く出来たもので、「風圧」を怖がって誰かの後ろに付いたままの選手は評価しない。極端なハナシ、そんなことをしても勝てないルールになっているし、例え勝ったとしても、誰も評価しない。「ただのセコイやつ」と言われるのがオチ。

 また、ポイントレースの8位もこれまたスゴイのだ。マジで。

 このレースは、ホントにスタートからゴールまで全部見たい・・・と思う。ムリだろうけど。

 最後にスプリントについて。

 これは・・・、もう陸上競技の100mと同じ。努力では、どうにもならないレヴェルになりつつある。

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夏の日

 先日から埼玉県にて全国高校総体(インターハイ)が開催されている。そう、今年もまた高校生アスリートにとっての熱い夏がやってきた。

 注目しているのはやはり、奈良の榛生昇陽高。特に、野口正則選手と元砂勇雪選手はアジア選手権とジュニア世界選手権の日本代表でもあり、優勝候補の筆頭であろう。また、このブログを見て頂いていた「山梨の高校生」さん(←今は大学生)の後輩である、末木浩二選手にも期待したい。(ワタシが期待してもな~・・・)(^^;)

 ちなみに、わが母校も4000m団体追い抜きに出場する。恐らく全国の壁は厚いと思うが、ベストを尽くして頑張ってほしい。

 まあ、何だかんだ言いながら私が出場してから、既に28年の月日が流れた・・・。

 しかし、当時の大阪は強かった。

 3学年上には、インターハイチャンピオンのM選手がおられ、2学年上には宮崎国体で決勝に進んだ(決勝は台風で中止)、E田選手がおられた。

 1学年上には、インターハイ2位でジュニア世界選手権代表のY内選手、高校選抜で入賞したK村選手、現在も競輪のS級で走るS岡選手がおられた。

 そして同学年には、国体チャンピオンでオリンピック代表のN武選手・高校記録保持者のT中選手・全国選抜チャンピオンのM田選手・高校の時は大したことなかったが、後にアジア大会の代表になったU阪選手・・・などなど。

 ナカナカのメンツである。

 えっワタシ?まあ3流ですよ、しょせん

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スペインの年

 ツール・ド・フランスもいよいよクライマックス。

 総合1位はサストレ。2位はシュレク。ただ、この二人は同じチーム。タイムトライアルですべてが決まるが、果たしてどうなるのか?

 会社の同僚が言っていたが、どうやら今年は「スペインの年」。(^^)

 サッカーの欧州選手権でスペインが優勝し、テニスの全仏そしてウインブルドンでもラファエル・ナダルが優勝した。

 これで、ツール・ド・フランスでサストレが優勝すると・・・。

 実に世界の3大スポーツイベントで(サッカーはワールドカップだけど)、スペインが大活躍だ。

 それで、ちょっとスペインについて調べてみた。

 人口は、約4千3百万人で複数の自治州で構成される。有名なのは、アンダルシアやバスクなど。サッカーが盛んであるが、モータースポーツの人気も高くF1で史上最年少年間王者となったアロンソが有名。

 モチロン、自転車競技も盛んでご存知インデュラインを始めとして、古いところではオカーニャやバーモンテスがいる。

 しかし、冒頭にも書いたようにサストレとシュレクは同チーム。これもスゴイ。

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名言・・・?

 「お話にならない!」

 当時、日本最強のロード選手だった高橋松吉選手の言葉。

 高橋松吉選手は、あるクラブチーム所属で全日本実業団チームロードに出場した。スタートからほとんど高橋松吉選手が先頭を引き、かなり速いラップを刻んだ。

 レース後、専門誌の記者に「スタートから、かなり速いペースでしたね」と聞かれて、高橋松吉選手は、「それぐらいのペースで行かないと、お話しにならない!」と答えた・・・。

 「付けないものは付けない!」

 同じく、当時日本のトップロードマンだった森幸春選手の言葉。

 専門誌に、森幸春選手が指南する「登り坂の走り方」という記事が掲載された。その文中で、「自分より実力が上の選手に速いペースで登られたら、いくら根性があっても無理。」

 そして、「付けないものは付けない!」と言った。

 けだし名言である・・・。(^^;)

 「タイヤが鳴っている間は大丈夫や」

 某クラブチームのリーダーの言葉。このリーダー、排気量の少ないクルマをドライビングテクニックを駆使して速く走らせるのが大好き。

 ある時、急なコーナーにタイヤを鳴らしながら突っ込んだ。私が「タイヤ鳴ってるで」と言うと、「大丈夫!タイヤが鳴ってる間はグリップしてるから大丈夫や!」と答えた。

 いや、そういうことではなくて・・・。

 もし、鳴らなくなったら私たちは何処へ行くんでしょうか・・・?

 「アンタは、決断はしてるけど、判断はしていない!」

 ウチの家内の言葉。

 私が、「結構オレ、会社では決断が早いとか言われて評価されてるんやで」と言うと、家内は「アンタは、何も考えないで決めてるだけ。決断はしてるかも知れないけど、判断はしていない!」と言い放った・・・。

 その通りかも知れない。

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練習・・?

 来年のスポーツマスターズ出場を目指して、練習を開始。平日は朝、出勤前に自宅前の坂道を登る。だいたい、2kmぐらいの登り坂。

Photo

 今日は休日なので、1時間ぐらい走ってみた。

 しかし、ワタシが住んでいるトコロは、登り坂と下り坂しかない。また、信号も幹線道路から外れると、ほとんどナイ。だから、たった1時間とはいえ結構な負荷になる。

 しかし、暑い!!

 走っている最中に、あまりの暑さに身の危険を感じたので、コンビニでキリン端麗500mlを2本補給。

 そのまま帰宅して、風呂に入って端麗を空けた。

 まあ、競技に対する根性は20歳までに使い果たしているので、こんなもんか・・・。(^^;)

 当面は、朝の2kmと休日に1時間走るぐらいだな・・・。

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ジャンケンって・・

 飲酒をかけた次女との勝負から幾日か経ち・・・。

 「週末のみ飲酒OK」だったが実は平日でも何日か飲んでて、勝ち取った「7日間の飲酒OK日」も残すところ「あと1日」のみ。

 まあ、金曜日には間違いなく飲むので、この土日は飲めない・・・。

 そこで次女、「じゃあ、今度はジャンケンして(延長or短縮を)決めようか?」

 私は、「ジャンケンはイヤ。他ので決めよう」と答えた。

 そして、高校時代のことを思い出した。

 当時、高校2年生で自転車部に所属していた私は、団体追い抜きの正メンバーに入ることを目標にしていた。その前の年のインターハイは、私は「見に行っただけ」だったが、上級生で組んだメンバーはイタリアンチームレースに出場して8位だった。

 それで何となく、全国でも通用するのでは?という思いもあり、是が非でも正メンバーに入りたかった。

 ただ、4人のメンバーのうち3人は既に「確定」だった。

 だから、残りは枠はひとつ。

 その枠を、私と同級生のT田君とで争っていた。

 持久力とスタミナでは私に分があったが、スピードとダッシュ力ではT田君には敵わなかった・・・。

 メンバーは顧問の先生が決めるのだが、先生も決めかねたようだった。

 そしてある朝、部室に来ると「ヲイ、〇〇〇(私)とT田、二人でジャンケンしろ!そんで、勝った方をメンバーに入れる」というお達し。

 えっ?センセイ、ジャンケンっすか・・・?(そう、関西では「インジャン」と呼ぶ)

 マジっすか?この努力の結果をジャンケンで決めろってか?

 そして私は見事!ジャンケンに勝利して、団体追い抜きの正メンバーに入りました。(^^;)

 ただ、3年生の時には、種目をイタリアンチームレースに変えたので、今度はT田君が文句ナシに実力で正メンバーに入り、私は「補欠」でした・・・。

 ちなみに、2年生の時の団体追い抜き正メンバーで、競輪選手になれなかったのは私だけ。翌年のイタリアンチームレースの正メンバーは4人とも競輪選手になった。

 まあ、そんなもんだ。

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育ちというもの

 昨日の日曜日は、ホントに久しぶりに「練習するカッコ」をして自転車で走った。ただ、蒸し暑くてまいった~。少し日焼けもした・・。

 そんで帰路の途中、地元の大型店舗の駐車場から、これまた地元の暴走族風?のバイクが出てきた。

 コッチをまったく見ないで出てきたので、危うく接触しそうになった。向うの出てきた速度が遅かったこともあって、何とか避けた。

 そこで思わず、

 ヲイ!どこ見てんねん!アホ!!

 と思いっきり大きな声で叫んでしまった。

 次の瞬間、「しまった、言っちゃったよ~」と思ったが、ナント暴走族風の兄ちゃんが、「あっ、すみません」と謝った・・・。(^^;)

 いや、分かればエエんよ、分かれば・・・な。

 しかし我ながら、育ちの悪さからくる性格は直らんわ。

 「ヲイ!」だけで止めとけばいいもんを、「どこ見てんねん!」ときて挙句の果てに、「アホ!」で締める・・・。

 言葉使いには気をつけましょう。

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これはイケルかも・・?

 仕事はゼンゼンうまく行ってなくて、ヤケ酒の毎日。

 ただ、恐らくうまく行ってたら「打ち上げ」の毎日。

 要は(世間一般の酒飲みがそうであるように)、何か理由をつけて酒を飲む。

 それが何か?

 しかし最近、自分でちょっと思ってるのが、自転車(ロードレーサー)のサドルとハンドルのポジションを換えたら、やたら「しっくり」くる。

 そう、その昔ポイントレースを走ってた頃の感覚。

 アンダーバーを握ると、手首がキレイに曲がりステムが真下に見える。

 そう、その昔モガイていた時に、鼻にステムが当たった、アノ感触。

 「ヲッ、オレって行けるかもよ?」って、無理!!

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サドルがありません・・

 ご存知、我が郷里熊本が生んだお笑いスターのネタ・・・。(^^;)

 さて、ボーナスが出たということで自転車のサドルを換えた。

 今までのサドルがコレ・・・。

Photo_4   

 見ての通り、既に天寿をまっとうしている。使用年数は15年以上・・・。

 しかもなぜか、座って右側だけがこすれて皮が無くなり、クッションはおろかベースの樹脂さえも削れている。

 これはつまり、右足のチカラの方がかなり強かった・・・というコトか?

 要は、ペダリングのバランスが悪いのだな・・・、たぶん。

 しかし、自分ではまったく気がつかない。

 この辺が、私が2流選手の域を出なかった原因カモ・・・?

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アワーレコード

 ほーっ、挑戦するんですか?スゴイですね~。めっちゃしんどそうですよ。アレ。

 えっ?違う?やらないんですか・・・。

 という訳で、アワーレコードのハナシ。

 アワーレコード。

 これは非常に単純かつ過酷なタイムトライアル。要は、自転車に1時間乗り続けて何km走れるか?というモノ。

 日本で行われることはほとんどなく、大昔に中村仁選手が挑み、確かこの時は42km弱だったように記憶している。世界記録は56kmぐらい。

 しかし、42kmと言ってもバカにしていはいけない。

 1周400mのラップに換算すると、34秒ちょい。4000m個人追い抜きで言うと、5分42秒のペースで1時間を走りきるのだ。 

 ちなみに世界記録は、ナント!1周ラップ25秒台。4000m個人追い抜きで4分17秒のペース。

 ホンマかいな・・・・。(^^;)

 私の4000m個人追い抜きベストは、5分20秒。これは、1周32秒のペース。

 1時間を走りきるとなると・・・、やっぱり1周40秒ぐらいがいいトコではないか。

 そうすると、アワーレコードは36km・・・。

 そんなもんだろうな、やっぱり。

 

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余韻と読んだ本

 先日開催された自転車ロードレースの全日本選手権が、いろんなホームページ(ブログ含む)で取り上げられていた。

 中でも、スキルシマノの阿部良之選手と梅丹本舗の岡崎和也選手の走りについては感銘を受けた・・・。

 そして、この写真・・・。

 あまりにグッと来たので、パソコンの壁紙にした。(^^;)

 しかし、全日本選手権でシーズンが終わったワケではなく、選手たちは休む間もなく次の試合に臨む。自ら選んだ道ではあるが、ナカナカに厳しい。

 ただ、それがシゴトというもの。

 さて、経営工学のお勉強で少し前にベストセラーになった「ザ・ゴール」という本を読んだ。

 これは面白い!

 生産管理に関する教えを小説にまとめて、謎掛け的な要素も盛り込まれており、面白いので一気に読んでしまった。ちなみに、ページ数は500を越えているのだが・・・。

 著者はイスラエルの物理学者である、エリヤフ・ゴールドラットさん。

 そういえば、イスラエルの人は先天的に数学に優れていると聞いたことがある。あと、精密加工技術もかなりのレヴェルにあるとも。

 まあこれは、兵器(主に銃カンケイ)を自国で開発しているため、必然的に精密加工技術のレヴェルが上がるのかも知れないが。

 そして、かつての日本がそうであったように、小国が世界で生き残っていくためには国民の教育レヴェルを上げるしかない。

 つまり、人と技術で勝負!なのだろう。

 私は、自国と自国民の利益を何より優先しているこの国が結構好きだ。

 

 さて、遅ればせながら、お勧めの本です。

ザ・ゴール ザ・ゴール

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勝負の結果

 今年の全日本ロード選手権・エリート男子の部は、スキルシマノの野寺選手の優勝で幕を閉じた。おめでとうございます。

 ・・・別に、知り合いではないが・・・。(^^;)

 ただちょっと残念なのが、2年前の同じコースで行われた全日本ロード選手権で優勝した選手。確かあの時は、単身アシスタント無しの状況で乗り込み、周囲を圧倒させる走りで優勝した・・・と記憶している。

 私は実際に見た訳ではないが、「日本のレヴェルで、エースやアシスタントという分類は必要ない!強い者が勝つ!」という強いメッセージを感じた。

 しかし、今回の全日本では・・・、なんだかなあ

 いや、別にいいんですよ。

 勝負ですから。部外者がヤイヤイ言うのは、間違いです。

 当事者じゃなければ、分からないことがほとんどです。

 ただ・・・。

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似てるモノ

 昨日のネタの続きではないが、世の中には似ているモノがたくさんある・・・。

 そう、例えば「広島市森林公園」と「広島中央森林公園」だ・・・。(^^;)

 「広島市森林公園」は山陽道の広島東インターチェンジからクルマで10分ぐらいの場所にある。

 「広島中央森林公園」は本郷インターチェンジから、やっぱりクルマで10分ぐらいだろうか。広島空港の隣にある。

 ちなみに昨日と本日、自転車ロードレースの全日本選手権が開催されたのは・・・「広島中央森林公園」である・・・。

 この似た名前の公園は、距離にして30km以上離れている・・・みたいだ。

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決戦は日曜日

 この週末は、自転車ロードレースの全日本選手権が開催される。

 場所は広島森林公園。

 ちょっと遠い・・・。(^^;)

 この試合、オリンピック選考も兼ねている。ただ、例年はいわゆる「一発勝負」でオリンピック代表を決めていたが、今年は複数試合での結果を考慮して決めるらしい。

 とは言え、代表選考試合のうちの一つであるアジア選手権で優勝した別府史之選手が代表に選ばれる可能性は非常に高い。

 実質は、残り1枠をめぐる争いか?

 この争いで有力なのは、恐らくエキップ・アサダ梅丹本舗。

 彼らは必死でオリンピック枠を狙ってくる。エースは新城選手か?

 しかし、スキルシマノもぼんやりしている訳ではない。エース別府選手が勝てばOKだし、残り一つの枠も当然狙ってくる。

 残り枠を狙うセカンドエースは、野寺選手か土井選手あたりか?

 ただ、レースというのは分からないもので、「勝つ」と決意した選手が勝利する訳ではない。

 近年の例で言うと、シドニーオリンピックの選考試合がそうであった。

 勝利したのはシマノの阿部良之選手だったが、彼は恐らく「自分が勝つ」という決意でスタートをきった訳ではない。

 その意味では、展開次第で恐らく「アシスト」として仕事をしている選手にも可能性はあるだろう。

 この試合、私は見に行けないが出場する全選手の健闘を祈りたい。

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ツアー・オブ・ジャパン

 日本国内では、最大級の規模である自転車レースツアー・オブ・ジャパンが今日からスタートする。場所は、大阪府堺市泉北。

 大阪の自転車乗りにはおなじみのコース。ココを練習コースにしている人も多い。

 私もそうだった。

 ただこのコース、警察がネズミ捕り(速度取締り)をやっているコトも多かった・・・。

 そして私は過去に、自転車で走っていたら、このネズミ捕りに引っ掛かったことがある・・・。(^^;)

 泉北のコースは信号が少なく、適度なアップダウンがあり独りで走っていても、結構なスピードが出る。

 そう、自動車の制限速度を軽くオーヴァーしてしまうぐらいの・・・。

 私はその時、かなり「モガイて」いたと思う。前をあんまり見ないで・・・。

 すると、旗を持った警官が出てきた。

 「危ない!!」と思って急ブレーキを掛けた。

 「どのクルマが捕まった??」と思ってたら、腕をつかまれた。

 「オイ、何キロで走ってるんや!!」と言われた。

 えっ・・・、オレ(^^;)

 私はモガイている最中に急停止したので、呼吸は荒くて喋れないし、足はパンパンで歩けないし、ロクな受け答えが出来なかった。

 するとその警官、無視されたとでも思ったのか、さらに怒った。

 「ちょっと・・・、待って・・・」とゼーゼー言いながら答えたら、警官の上司らしき人が出てきて「競輪選手か?」と訊いた。

 「・・・いえ、・・・違います」

 「そうか、じゃあアマチュアやな。あんまりスピード出しなや。」

 「・・・は・・い。」

 これで放免された。もう20年ほど前のハナシだ。

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記憶に残る名選手その11

 かつて、世界の舞台で好成績を残した日本の自転車競技選手は何名かいた。

 まあイチバン有名なのは、恐らく「世界選手権10連覇」の中野浩一選手であろう。ただ、それより前に、阿部良二選手も世界選手権で3位になっているし、中野浩一選手が世界選手権に初めて出場した時は4位で、その時の3位は菅田順和選手だ。

 その他にも、坂本勉選手や十文字貴信選手はオリンピックでメダルを獲っている。そうそう、アテネオリンピックのチームスプリントでは、日本チームが銀メダルを獲得した。

 モントリオールオリンピックでは、長義和選手が6位に入った。

 また、市川雅敏選手はジロ・デ・イタリアで確か50位台で完走している。

 挙げてみると、結構たくさん居られるものだ・・・。

 しかし私は、佐藤寅雄選手を挙げたい。

 誰・・・?って、イヤイヤ・・・。(^^;)

 佐藤寅雄選手は、かつて専門誌で「世界で通用する名ペーサー」と評されたことがある、元競輪選手です。

 ちなみに、「ペーサー」とはドミフォンでバイクを運転する方です・・・、って言っても知らない人が多いだろうな・・・。

 実際に、世界選手権のドミフォンで6位に入賞したことがあります。まあこれは、どっちかと言うと「ステーヤー」(実際に走る方)だった杉田典夫選手を称えるべきかも知れませんが・・・。(^^;)

 ただ、本場ヨーロッパでは「ステーヤー」と同等かそれ以上に「ペーサー」が評価されると聞いたことがあります。

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部品交換

 ほとんど通勤でしか乗っていないロードだが、消耗品がかなり危険な状態になってきた・・・。磨り減ったタイヤ、山が無くなりつつあるブレーキシュー、破れたバーテープなど。

 そこで、家内のお許しを得て、ナント!市内で1軒しかない専門店に部品を買いに行った。

 ・・・冗談ではなく、ホントに1軒しかない・・・。(^^;)

 ただ、店主サンとは顔なじみ。この店主サン、ス〇ルシ〇ノのN寺選手が学生の時からのお知り合いだとか・・・。

 さてお店に入って・・・。

私 「タイヤ欲しいんですけど・・・。(値段を見て)1本7000円!?」

店主「イヤ、安いのもありますよ。ただ、ビードが鉄ですけど。」

私 「ああ、折り畳めないんですよね。それでいいです。」

店主「1本2300円です。」

私 「(内心)それでも高っ。」

私 「あと、バーテープです。」

店主「そこにイロイロありますよ。」

 値段を見ると、イチバン安いのでも1500円ぐらい・・・。高い。

 昔、綿のバーテープは確か500円ぐらいだったと思うが。もう、売ってないのか?

 帰り際に、ボロボロになっているサドルも交換したいので、ちょっと見てみた。

 だいたい、14000円ぐらいから・・・の値段設定。

私 「サドルって、これくらいするんですか。」

店主「イヤ、今は切らしてますけど、4000円ぐらいのもありますよ。」

 ・・・、既に値段でスベテを決めるということを見切られている・・・。アタリマエか。

 ただサスガなのは、私のロードのサドルが「ロールス」だったのを覚えていたこと。

 ロードを見てないのに、「昔のロールスも探せば、まだあると思いますよ」と仰られた。

 しっかし、昔は部品を買うのに値段なんか気にしなかったけどね。(^^;)

 「イイ!」と言われる部品なら、すぐ買っていた・・・。

 という訳で、バーテープとタイヤを交換して、ちょっと見栄えが良くなった、マイロードです。

Photo

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世界選手権

 自転車競技・トラック種目の世界選手権が終わった。

 主な日本選手の成績は、男子チームスプリントで8位・男子スクラッチで盛 一大選手が6位・男子ケイリンで伏見 俊昭選手が5位という結果だった。

 私は、非常に良くやったと思う。

 ただ、男子チームスプリントは、中国に負けてタイム的にも・・・もう1ランク上げて欲しかった。

 盛 一大選手は、果敢にも単独で逃げてナント、ラスト1周までトップを走っていた。最後には刺されて6位になったが、その積極的な走りは評価してヨイと思う。

 確か昨年の世界選手権の同種目では、やはり果敢にアタックした香港の選手が、後続集団の落車があったとはいえ、そのまま逃げ切って優勝した。

 ちなみにその時、盛 一大選手も落車したのだが・・・。(^^;)

 伏見 俊昭選手の5位もスゴイ。

 オリンピックでも頑張って欲しい。

 

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ある高校生その後

 何度かこのブログで、ある高校の自転車競技選手を紹介した。

 昨年1年生でありながら、インターハイと国体を制した元砂勇雪選手である。

 そしてこの春、福岡で全国高校選抜自転車競技大会が開催された。

 この試合で、元砂勇雪選手はナント!!ポイントレースとロードレースの2種目で優勝した。これで、1年生で高校3冠の達成である。

 このまま5月に開催されるジュニアオリンピックカップでも勝てば、高校4冠となる。

 確かこの高校4冠は、過去にスプリント種目で現競輪選手の北都留翼選手が達成していたような気がする・・・。

 ちなみに、私が高校生の時には、菅森勝一選手という方がポイントレースで、インターハイ・国体・高校選抜に勝って高校3冠を達成している。

 この選手は同じ年に行われた全日本選手権でも、高校生でありながら2位に入っている。このとき優勝したのは、添田広福選手(中央大)で3位は坂東晃選手(シマノ)なのだから大したモノ。

 ・・・話がそれましたが、元砂勇雪選手。どこまで連勝記録を延ばすのか・・・。

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記憶に残る名選手その10

 久しぶりの自転車ネタ。

 ただ、今回は特別に「ある選手」を取り上げるのではなく、私が現役の時に感じていたコト。

 それは・・・、強いヒトは大きく見える!!

 自転車競技では、実力が上の選手を「速い」とは言わず、「強い」と表現する。ちなみに、この表現の仕方もかなりイイと思う。(^^;)

 ある試合を見学に来ていた、日本のトップスプリンターだった選手を見た。

 この選手は、全日本選手権と国体で優勝したことがあり、世界選手権の代表にもなっていた。実際に走っているスガタは、かなり大きく見えた。

 その選手は当時、大学生だったのでキチンと学生服を着ていた。

 それを見て、私は驚いた!

 なぜか?

 モノスゴク小さいのだ。学生服を着た、その日本のトップスプリンターが。

 小さい・・・は失礼だ。小柄なのだ・・。・・同じか・・・。(^^;)

 自分が想像していたよりずっと。

 「えっ?コノ選手って、こんなに小柄なの?」と思った。

 しかし、走っているスガタはやっぱり大きく見える。

 面白いなあ、自転車競技は。

 

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自慢話

 最近、書店に行って思うのが自転車関係の雑誌が増えたこと。昔はそれこそ、サ○ク○スポーツか頑張ってもバイ○ク○クラブぐらいしかなかったのに、今は5~6冊はフツーにある。

 それらの雑誌をパラパラをめくるって気になることは・・・。

 なんだか、かつての名選手の自慢話が多い、ということ。

 「現役の頃は、毎日○○km走った」だの「雨が降っていても当然のように練習した」とか・・・。

 特に、自分の現役時代の練習量を自慢する記事が目につく。

 正直・・・、それがどうしたの?と思う。

 今現在、自転車競技にホンキで取り組み、「強くなりたい」と考えて階段を登り始めた人たちにとって、そんな自慢話は何の意味があるのだろうか?と感じる。

 そのように考えて練習している人、あるいは壁にぶち当たって悩んでいる人は、恐らく「昔の名選手」の自慢話なんかには興味が無いのでは?と思う。

 そんな人たちが聞きたいのは、「今の名選手」の話だと思う。

 だって、「昔の名選手」はもう強くないのだから・・・。

 「昔の名選手」は、そんな自慢話を記事にするよりも、もっと他に自転車競技界のために出来ることがあるはずだ。

 と、偉そうに書いてる割には具体策は何もないのですが・・・。(^^;)

 ただ、あのような記事を読むたびに、安っすい飲み屋で「オレらが昔のころはな~」とクダを巻いている、サラリーマンオヤジがかぶる。

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コミュニケーション

 久しぶりの自転車ネタ。

 自転車競技というのは面白いスポーツで、競技中に「公然」と食事ができる。イワユル「補給食」というヤツだ。

 そして、競技中によく「会話」をする。

 特にロードレースなんかは良くあるコトで、それがキッカケで友だちになったりする。まあこれは、ワタシの知る「古きよき時代」のことで、今はどうか知らないケド。

 けど、これは他の競技も似たようなことはあると思う。特に、マラソンとか。

 また、自転車競技の中で特に積極的に声を掛け合う種目として、団体追い抜きがある。最近は、スピードスケートの種目にも加えられたので、知っている人も多いと思う。

 コレは、4人が一組となり4000mを走りきるというものだ。

 自転車競技で最大の「敵」は、実は競う相手ではなく「風圧」なので、これを避けるために順次先頭を交代しながら走る。

 この先頭交代のタイミングや、自分の状態を伝えるのに結構「会話」をする。

 「(コーナーの)終りまで(引いて)」←もう足が残ってないので、ムリ

 「速い(もう少しペースを落として)」←前項と同じ

 「(ペースが遅いから)上がれ!」←先頭を交代しろ

 などなど・・・。(^^;)

 ちなみに、古い話だがトリノ五輪スピードスケートの女子団体追い抜きで日本女子チームの人が転倒したことがあった。ワタシは実はアレは「故意」ではないかと思っている。ワタシは、性格が悪いので・・・。

 自転車競技の団体追い抜きは一人千切れてもOKだし、最初からそういう作戦で走ることもあるけど、スケートは千切れるとNGだからな~。

 厳しいわ。

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ある間違い

 先日書店で、とある自転車雑誌を手に取った。

 そこには現在、日本の自転車競技界で重要な立場にある方の記事が載っていた。内容は現役時代に出場したチームロードに関するものだった。

 そして、一緒に走った「仲間」の名がフルネームで記載されていた。

 その「仲間」は錚錚たる顔ぶれで、まさに当時の日本では「ベスト」と形容できる布陣だった。

 しかし・・・。

 その記事では、名前を間違えていた。

 このブログでも何度か書かせて頂いた名前だ。

 確かにちょっと読みにくい名前かも知れないが・・・。

 三浦監督!

 佐藤敏美選手ではなく、佐藤稔選手です!

 

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なりたかったモノ・なれなかったモノ

 私は、中学時代からロードレーサーに乗り始め、近所の専門ショップに出入りするようになった。高校は、「大阪でイチバン自転車競技が強い公立高校」を選んだ。

 高校時代は練習相手に恵まれたこともあり、1000m独走では1年生で1分17秒79・2年生では1分13秒86・3年生になると1分12秒17とベスト記録を伸ばした。

 ただ、この「1分12秒台」というタイムは、生涯で2回しか記録していない・・・。(^^;)

 まあ、コンスタントに出せるタイムは1分13秒台。そんなレヴェルだった。

 ただ、当時はまったくのノーマルバイクで、ワンピースウエアが出始めた時期だった。この時代に高校生で、専門種目がポイントレースとロードレースで、1000mベストが1分12秒台というのは、「まあまあ」だったと思う。

 そして、高校卒業後は競輪選手を目指し、競輪学校を受験した。

 2回受験したが合格できず、競輪選手を諦めた・・・。

 当時は、これがかなり大きなコンプレックスだった。特に20歳台の頃は。

 なんで今さら、こんなことを書いているかというと、先日このブログにもたまにコメントを寄せる「Tさん」から「アンタもな~、競輪選手になれんかって正解やで」と言われたからだ。

 ちなみにTさん、かなり酩酊していた・・・。(^^;)

 実は、私もそう思っていた。

 そして、家内にも同じことを言われたことがある。

 これで(今の職業で)、正解なのだ・・・と。

 確かに、競輪選手になれたとしても、その素質のなさから恐らく大成は出来ず、親から金をせびられ続けて、そして引退・・・となっていたように思う。

 それに対して現実は、いっちゃあナンだが一部上場企業である会社で、ソコソコ評価されている技術者の一人だ。前にも書いたが、給与格付けでは最上位にいる。

 社内表彰も何度か受けている。

 そうそう、先日は社内報に写真付きで記事が載った。

 今なら負け惜しみではなく、本当に言える。

 これで、正解なのだ と。

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記憶に残る名選手その9

 岡島伸平選手。

 我が郷里、熊本が生んだ日本歴代トップスプリンターの一人。

 ただ、「記憶に残る」という表現はウソで、私は残念ながら氏の「本当の現役時代」の姿は見ていない・・・。(^^;)

 せいぜい、第一線を退かれた後に、実業団のロードレースで一緒に走らせ頂いた・・・ぐらいである。

 氏は、熊本県で最も古い歴史を持ち、尚且つ有数の進学校である済々黌高を卒業されて早稲田大学に入学された。

 これは当時(今でもそうかも知れないが)、学業成績だけで見るとかなりのエリートコースだったのではないか?と推測する。

 しかも氏は高校時代、インターハイの1000m独走で入賞され、大学進学後もインカレ(全日本大学対抗選手権)で優勝されている。

 大学卒業後はシマノに入社、全日本選手権では常に上位に入り、世界選手権の代表にも何度か選ばれている。

 というように、今さら氏の業績は語るまでもないのだが、私が覚えているのは、某自転車競技マガジン(まったく「某」になっていないが・・)に連載されていた「ウイニング・ロードレース教室」である。

 これは、要は自転車競技の練習法やコンディショニング法を詳しく分かりやすく解説した教則本で、私はカナリ参考にさせて頂いた。

 というか、その時代に自転車競技に取り組んでいた人は、みんなモノスゴク参考にさせて頂いたのでは?と思う。

 残念ながら、某自転車競技マガジン(だから、「某」になっていないって・・)は廃刊になってしまったが、この連載を再現して出版したら、結構売れるのでは?と思っている。

 恐らく、自転車競技以外のアスリートでも参考になる部分は多いハズ。

 まあ、無理だろうけど・・・。

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連覇

 本日行われたシクロクロスの日本選手権は、辻浦選手が優勝し6連覇という偉業を成し遂げた。

 見事!である。

 だいたい、「勝つ」ということ自体が大変なことで、それを6年連続でやってのけるのだから・・・。

 私もレヴェルはかなり落ちるが、結構な数のレースには出たと思う。で、結果として優勝できたのは、2回だけだ。それも、大阪車連主催の「スピードコンテスト」という超ローカルな試合である・・。(^^;)

 ちなみに、その「スピードコンテスト」で1000m独走とミス&アウト(現在のエリミネイション)の2種目に優勝した。この2回だけ。

 競技選手という人種は(アタリマエだが)、勝つことを目標として競技に参加している。しかし、本当に「ホンキ」で勝つことを狙っているのは、ほんの一部ではないかと思う。

 かくいう私も、例えば3人ぐらいでうまく集団から逃げられたら、「このまま逃げてゴールできれば、足を使って結果的に3位になっても、別にいいや」と、よく思った。

 はっきり言って、この時点で負けなのである・・・。

 勝つ選手は違う。

 逃げようが何しようが、「自分は絶対に勝つ!」という強い信念というか、執念に近いモノを持っているのではないか・・・と思う。

 まあ、この辺が一流と三流の違いなのかな。

 何となく、そんな風に思った。

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シクロクロス

 明日、大阪でシクロクロスの全日本選手権が開催される。ちなみに、知り合いも何人か出場されるようだ。出場される皆さん、頑張って下さい

 シクロクロス・・・、ひとことで言うと「自転車で走るクロスカントリー」となるのだろうか。

 いわゆる「オフロード用」の自転車で、荒れた土の道を走る競技である。この「オフロード用」の自転車(マウンテンバイクではない)は、オンロード用の自転車にはない美しさがあって、私は結構好きである。

 まあ、お金が無いので私は持ってないが・・・。

 思い出してみると、私が自転車競技を始めて、イチバン最初に出たレースはシクロクロスだった・・・。

 当時、中学生の私は大阪の信太山で開催されていたシクロクロスレースに出場した。確か、初心者部門だったと思う。

 ホントに何も分からず、夢中で走った。

 先頭の方にいることは分かっていた。集団はバラバラになり、先頭の人が見えた。

 「ああ、オレは2位か・・」と思ってゴールした。

 そしたら、さらにその前を走っていた人がいたみたいで、その人はブッチギリでゴールしていたそうだ。

 しかし、ナンだかんだ言いながらも、初レースは3位という成績だった。

 この時、ブッチギリの1位だったのが、○木広一という選手で私より結構年上だったが、出場種目が同じということもなり、この後も何度か対戦することになる。

 さらにこの方とはその後、競輪学校の試験も一緒に受けた・・・。

(^^;)

 そして考えてみれば、私の長女は私がその初レースで入賞した年齢になっている。

 月日の経つのは早いものだ。

 

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記録とは

 記録とは・・・、書き記したモノ。

 ・・・アタリマエである。(^^;)

 では、競技者にとっての「記録」とは・・・。

 それは、自分が存在したアカシ。

 その時代に、その瞬簡に、自分が確かにそこに「存在」していたという証明・・・。それが「記録」。

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忘年会にて・・・

 昨日は、自宅から40kmほど離れた温泉で忘年会。お泊りということもあり、自転車で行った。

 久しぶりに会う仲間たちと飲んで騒いだ。特に、Mサンはほとんど毎日このブログを見ているとのこと・・・。感謝・・・。(何に?)(^^;)

 さて宴会の席で、「県内の某自転車強豪高校の主将をしていた」、という人に会った。ちなみに、この強豪高校OBにはシマノのN寺選手などがいる・・・。

 話をしてみると、高校時代はピストが専門で1000m独走のタイムは1分10秒5だった・・・とのこと。デエッ!!マジッスか?

 200mハロンも11秒5。現在でも県内トップはおろか、全国でも中距離であれば充分に通用するタイムである。(短距離ではちょっと厳しい)

 「競輪学校を受けなかったんですか?」と質問したら、「受けたけど、2次試験のハロンで失敗して12秒台のタイムになってしまって、落ちた」とのこと。

 ・・・・?

 それはあり得るハナシだが、それほどの持ちタイムがありながら、1回落ちただけで諦める・・・か?フツー

 ちょっと怪しいな、このこの人。

 ということで、チェック!

Photo_4 実は我が家には、第1回から平成になるまでの高校自転車競技の試合結果を記した、「全国高校自転車競技40年史」なるものがある。

 これは、インターハイ・国体だけでなく、近畿や東海などの地域大会の結果も載っている。

 モチロン、昭和55年~56年の分には私の名前も載っている。

 その「1分10秒男」は、私より6歳若い。では昭和61~62年アタリに載っているハズ。

 と思って探したが、インターハイはおろか東海大会にも入賞していない。というか、その高校も団体種目にさえ入賞していないのだ。

 やっと昭和63年の東海大会の4000m団体追い抜きで5位に入賞しているぐらいだ・・・。タイムも非常に平凡なモノ。

 ちなみにそのメンバーには・・・、「1分10秒男」の名前はナイ。

 やっぱり怪しいなあ~。

 まあ、ウソとは言わないけど、だいぶタイムに下駄を履かせているのでは?という感じである。

 今度会ったときに、もう一度聞いてみよう。

 

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記憶に残る名選手その8

 添田広福選手。

 ソエタヒロヨシと読む。

 中長距離を専門とし、獲物を狙う猟犬のような低いフォームで、スタートから飛び出して行く姿が印象に残る、名選手である。

 福島県学法石川高校から中央大学に進み、ポイントレースにその強さを発揮した。この種目では、1978~1979年と2年連続して全日本チャンピオンとなる。

 当然、モスクワオリンピック予選を兼ねた1980年の全日本選手権でも大本命だったが、この時には確か、オリンピックの選考種目である1000m独走と4000m個人追い抜きにエントリーして、ポイントレースには出なかったと思う・・・。

 ただ、その2種目もコンディションの調整に失敗して惨敗、オリンピック代表には選ばれなかった。しかし、世界選手権の代表としては「常連」で、特に岡堀勉選手・池浦敏秋選手・斉藤邦夫選手との4名で組んだ団体追い抜きチームは、日本の自転車競技史上「最強」と言われた。

 しかし意外にも基礎体力は貧弱で、日本代表のチームドクターに「この基礎体力で、こんな記録が出るのは信じられない」と、褒められているのか貶されているのか、良く分からないことを言われた・・・らしい。(^^;)

 レヴェルはかなり違いますが、私も似たタイプだと(自分で勝手に)思ってたので、フォームを真似したり・・・してました。

 それぐらい憧れた選手です。現在も、現役の競輪選手として走っていらっしゃいます。

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ピストレーサー

 今日は東京に行った。

 歩いていると目に付いたのが、ブレーキ無しのピストレーサー(トラックレーサー)で走っている若者だ。以前、渋谷でも見かけたのだが、ピストに乗っている若い人が多い。

 どうも、「シンプルでお洒落な乗り物」という感覚のよう。

 だが・・・、それは違う!断じて違う!(←古代進風に)

 バンク(自転車競技場)でピストに乗る・・・、これは地球上で最も安全な乗り物と言っていいと思う。クルマも歩行者もいない。道路に段差もないし、信号もない。

 このような状況で、いわゆる「踏み切りギア」を装着した、ブレーキのない自転車に乗る。これは安全だ。

 しかし、逆の状況では、地球上で最も危険な乗り物に変身する。

 自慢だけどじゃないが、私も現役の時は、ことピストにおいては結構な乗車テクニックを持っていたと思う。

 しかし、公道でブレーキ無しのピストに乗る根性は持ってない。

 それに、確か道路交通法では自転車には、2個以上のブレーキ取り付けが義務付けられていたと思うのだが・・・。

 自転車のイメージを損ねるような大事にならなければいいが・・・と思う。

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記憶に残る名選手その7

 前回のブログに書いた、大阪の某所で飲食店を営んでいる、某選手について・・。(←これではナニがなんだかわからんが)

 彼は、私と同級生です。

 高校時代は、専門種目が同じ中長距離だったので、よくあたりました。まあ、高校時代の成績は、私の方が圧倒的に勝っています。(エッヘン←死語)

 はっきり言いましょう。鼻であしらってました。(ヲイヲイ)

 しかし、高校を卒業すると状況は少し変わります。

 彼は、某「桃色」大学に進み、私は社会人選手。まあ、私の自転車競技に対する熱意が薄れたこともあり、彼の方が強くなります。(だった・・・と思う)

 そして、彼が社会人になると、立場は完全に逆転しました!

 彼は、某実業団チームでトップとなり、私は・・・・ナニしてたんだろ?

 ということで彼は、「継続はチカラなり」ということを身をもって示してくれました。

 また最近は、レースにも出てるみたい・・・。

 ○阪○郎、ナカナカやるな。

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国体少年の部

 昨日のブログにも書いたように、現在国民体育大会の真っ最中。

 「成年」と「少年」に分かれている。

 けどやっぱり、「少年の部」というヒビキがいい!←ナニ言ってんだか・・・。

 これも以前のブログに書いた、元砂勇雪選手は4000m速度競争で、インターハイに続いての2冠達成!スゴイ。高校1年生でっせ。

 たまにこのブログを見てくれる、山梨の高校生さんは残念な結果。(落車でもしたのかな・・・?)

 しかし、この4000m速度競争というのは、中々キツイ種目です。スタートダッシュ・スピード・そして持久力と色々なチカラが要求されます。ある意味、1000m独走と並んでピストの基本と言えるのでは?と思います。

 そういえば、大阪の某所で飲食店を営んでいる(というウワサの)、某元選手の得意種目でした。

 去年は、その飲食店で飲み会が企画されたけど、行けなかった。

 元気でやってるのかな?

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記憶に残る名選手その6

 前回のブログでちょっと触れた、山本和雄選手について・・・。

 山本和雄選手。

 1980年代にその才能を開花させた、1000m独走のスペシャリスト。この種目では、「日本のエース」とまで言われた。

 まずは、1978年の都道府県対抗の1000m独走で優勝して、注目されるようになる。これは、優勝という結果もさて置き、1分8秒台という好タイムを記録したことも大きい。

 当時の日本では、1000m独走で1分8秒台を出すというのは、「一流選手のアカシ」のようなものであった。なんせ、日本記録が1分7秒54だったのだから・・・。

 この記録は、井上三次選手が樹立したものだが、場所は高地メキシコシティでのオリンピック。だから、「日本国内でこの記録を出すのは不可能」と言う人もいた。

 しかし、インカレで金谷和貞選手が1分7秒82で走った。これは、日本国内で初めて1分7秒台が記録された瞬間でもある。

 時代は、着々と進みつつあった。

 そして迎えた、1979年の大阪府内選手権。天気は晴れ、無風という絶好のコンディション。

 山本和雄選手は、スタートの号砲の合図と共に飛び出した。終盤の踏ん張り時に、好タイムを知った実況のアナウンサーが「頑張れ、山本君!」と叫ぶ。

 そしてゴール。

 タイムは、1分7秒54!日本タイ記録の誕生である。

 ちなみに、これには後日談があり、計測した3人の手動計時員の間では、1分7秒53か54か微妙だったという。

 この時には、みんな「好タイム」というのは分かっていたが、日本記録が1分7秒54というのは忘れていた・・・らしいのだ。(ウソみたいだが、ホントの話)

 ひょっとしてこの時に、「1分7秒53だったら日本記録」というのが分かっていたら、1分7秒53になっていたカモ・・・。

 まあ、勝負コトに「タラ」と「レバ」は厳禁ですよね・・・。(^^;)

 しっかし、ホントに強い方でした。

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日本記録

 その昔、自転車競技をしていた頃、日本記録が樹立された場に居合わせたことがある。そうそうあることではない・・・かと思う。

 モチロン、自分自身が樹立する立場になれば良いだけのハナシだが、そんなに簡単なコトではナイ。(当たり前か・・・)(^^;)

 どちらが先かは覚えていないが、サンツアーの山本和雄選手が1000m独走で日本タイ記録を出した時と、大阪産大チームがイタリアンチームレース(今のチームスプリント)で日本記録を出した時だ。

 大阪産大チームが日本記録を出したのはインターハイの決勝で、モチロン優勝した。

 私自身で言えば、確か近畿大会の4000m団体追い抜きの決勝だったと思うが、その大阪産大の監督に、「お前ら、高校記録狙えよ。出せるぞ」と言われた記憶がある。

 (正直嬉しかった・・・)

 当時私が所属していた高校の団体追い抜きチームでは、1000m独走の持ちタイムが、Y田君1分9秒台・M田君1分10秒台・E田君1分11秒台、そして私が一番遅く1分12秒台だった。

 だから、あながち狙えないコトでは無かった。

 ただ、当時の4000m団体追い抜きの高校記録は、前年の栃木国体で作新学院が出した、4分36秒60・・・。ちょっとムリ・・・

 まあ予想通り、私が足を引っ張ってしまい、高校記録には遥かに及ばないタイムで終わった・・・。

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記憶に残る名選手その5

 渡辺幹男選手。

 宮城の東北高校時代にインターハイの1000m独走で、高校生として初めて1分10秒の壁を破って優勝した天才スプリンター。

 その時、2位に入ったのが坂本典男選手。卒業後は共に日本大学に進み、以来この二人は日本の短距離界を担う存在となる。

 しかし、彼らの前に立ちはだかったのがご存知、長義和選手である。

 だが1979年、大阪で開催された全日本選手権のスプリント種目で、彼ら二人は王者長義和選手を「あと一歩」まで追い詰めた。

 まずこの試合の準決勝で、坂本典男選手が長義和選手と対戦した。1本目は長義和選手が先勝し、「サスガ・・・」と思われた2本目。果敢に先行した坂本典男選手は、長義和選手の追い込みをかわし、2本目を取った。

 これで、勝負の行方は分からなくなった・・・。

 そして運命の3本目。長義和選手は先行策を選んだ。

 しかし、車は伸びない・・・。王者、危うし。坂本典男選手が並びかけた、その時!

 長義和選手が思いっきり、後輪をアウトに振った。前輪が重なっていた坂本典男選手は、落車を免れるのがやっとの状態で、モチロン差すことはできなかった・・・。

 インターフェアぎりぎりでは・・・と思われる戦法で、長義和選手は決勝に進んだ。

 決勝の相手は、渡辺幹男選手。

 やはり、1対1となった後の3本目

 渡辺幹男選手が先行する。アウトから長義和選手が必死の追い込み。

 そしてゴール!

 どちらが先着したか、まったく分からなかった・・・が、勝利を確信した長義和選手はゴールと同時に両手を挙げた。

 写真判定の結果は・・・、やはり長義和選手の優勝であった。

 ちなみにこの翌年、モスクワオリンピック選考を兼ねた全日本選手権のスプリント種目で、坂本典男選手が1位、渡辺幹男選手が2位となり、共にオリンピックの代表に選ばれた。

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北海道の旅

 北海道・・・。遠いなあ。

 1回しか行ったことがない。しかもシゴト。

 ウニ丼も食べなかったし、ジンギスカンもなし。

 さて、その北海道の地で現在、ツール・ド・北海道という自転車レースが開催中。

 昨日のステージは、「日本チャンピオン」新城選手が堂々の逃げ切り勝ち!

 いや~、30秒弱という自転車レースではイチバン難しいタイム差でしたが。→逃げている選手は、後続集団の格好の目標になってしまい、最後に捕まることが多い・・。

 しかし、見事な勝利でした。

 今日の速報では、オーストラリアチャンピオンが勝利した模様。

 明日の最終日は、札幌市の周回コースでクリテリウム。見に行きたいのは山々だが、ちょっと無理。

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全日本実業団

 この土日は、関西サイクルスポーツセンターで全日本実業団トラックが開催された。

 以前、ホントにもう20年ぐらい前に所属していたチームは、好成績を収めていた。チームスプリントで優勝して、スプリントでも1位から3位を独占していた。

 まあ、現役の競輪選手を集めているので、ある程度の結果は残せる・・・のかも知れないが、良い結果だと思う。

 思えば、私が全日本実業団トラックに出場したのは、何年前だろうか?

 確か、4000m個人追い抜きに出場して、同走のO石K夫選手に追い抜かれたのだ・・・。(^^;)タイムも5分25秒ぐらいだったと思う。

 写真で見ただけだが、あの時と同じくバンクの中には変り種自転車の姿があった・・・。

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海外での成績

 大阪で開催されていた世界陸上が終わった。

 成績は・・・、イマ一つだった。まあ、それはいいとして・・・。

 少し前に、中野浩一選手のことを書いた

 中野選手は、ご存知のように「海外」で開催された世界選手権で10連覇を果たした。

 このことについて、ある専門誌で面白い記事を見たことがある。

 これもまたご存知のように、自転車競技は主にヨーロッパで盛んなスポーツである。公用語は、フランス語・・・だったように思う。(^^;)

 そのような環境の中でも中野選手は、海外遠征で決して外国語を使わなかったらしい。例えば試合前のバンクで、顔見知りの外国選手に対して、「久しぶり!元気?調子はどう?」などと日本語で話し掛けていたというのだ。

 当然、話しかけられた方は理解出来ないので、苦笑いを浮かべるしかない・・・。

 これは、外国の記者団に対しても同じだったようで、何を聞かれても日本語で「えっ、何?」と聞き返していたらしい。(ホントだろうか・・・)

 しかし考えてみると、理解出来ない言葉で傍若無人に話しかけられて(失礼な表現ですが・・)、苦笑いを浮かべる・・・。これは、海外での日本人そのままではないか? 

 そう、中野選手の偉大な点の一つは、従来の日本人のまったく逆をやって、これが認められた、ということではなかろうか。

 また中野選手は、海外での食事に関してもまったく頓着がなく、何でも「ウマイ、ウマイ」と言って食べていたと聞いた。それこそ、他の選手が「とても食べられない」ような味付けのものも。

 やはり、脚力・スキルも重要だが、そのへんの図太さというのも、海外で活躍するには必要なのかな・・・、と思う。

 私も海外での業務経験があるが、やっぱり土地の食べ物が食べられない、というのは色んな意味でツライ。

 イチバン大きいと思うのは、周囲の(その国の)人に受け入れてもらえない可能性が高いということだ。

 そらそうだ。普段、自分達が「ウマイ、ウマイ」と言って食べているものを、海外から来たワケのワカラン日本人が、「こんなマズイもの食えるか」というのだから・・・。

 まあお陰で私は、最初は「外国人専用食堂」だったのが、3日目からは「現地社員食堂」で食事をすることになった・・・が。(^^;)

 

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記憶に残る名選手その4

 中野浩一選手

 いわずと知れた、元「ミスター競輪」にして、世界選手権10連覇を果たした、日本の自転車競技史上最高のスプリンターだ。

 中野浩一選手はなぜ強かったのか? 

 陸上競技で鍛えた筋力・素質・天性の勝負カンなど、その理由は色々あるかも知れないが、私は「ペダリングのキレイさ」も重要な要素だったと思う。

 彼ほど、ペダリングのキレイな選手は少なかったように思う。まあそれも、ペダルをキレイに回すことが出来る筋力の裏付けがあって、初めて可能なのだが・・・。(^^;)

 さて、その中野浩一選手だが、私も何度かナマで見たことがある。

 中でも、西宮競輪場で開催された全プロは印象に残っている。

 試合前にサイン会があり、私はクラブの仲間とイチバン最初に並んだ・・・。当時使っていたレグのヘルメットにサインをしてもらうために。

 そして念願かなってサインをしてもらった。

 その後、私は外国人選手のトコロにも並んで、アントン・トカシュ選手にもサインをしてもらった。

 アントン・トカシュ選手は、その年のアマチュアスプリントの世界チャンピオンだった。

 モチロン、プロスプリントの世界チャンピオンは中野浩一選手で、私は一つのヘルメットに、プロとアマの世界チャンピオンのサインをしてもらったことになる。

 当時は、これは値打ちがあるのでは?と思っていた。

 今も持っていたら、「お宝鑑定団」に鑑定してもらうのだが・・・。

 そう、残念ながら今はもうない。

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個人ロードの結果

 今日は、インターハイの個人ロードがあった。優勝したのは吉田隼人選手。昨日紹介した、元砂勇雪選手の先輩である。

 まあ、この選手は現在の高校長距離界では、絶対的なチカラを持つと言っても過言ではないので、ある意味「順当な結果」。ちなみに、トラック種目のポイントレースでも優勝している。

 なんだか、鹿屋体育大学の角令央奈選手の高校時代を彷彿させる・・・。

 けど、やっぱりしつこく元砂勇雪選手について・・・。(^^;)

 自転車競技で高校1年生から正選手(いわゆるレギュラー)として活躍する・・・というのは、他の競技とは少し違う視点で見るべきだと思う。

 その第一の理由は、「レース慣れ」だ。

 自転車競技の場合、いくら身体能力が優れていて、ある程度のタイムが出せたとしても、公式戦には出場できない。いや、出せないのだ。

 つまり、いくら「足」があっても「集団走行のセオリー」が分かっていないと、危なくて一緒に走ってられない。その「セオリー」を身に付けるには、練習で先輩選手にみっちり教えてもらい、複数回のレースを経験していないと、無理だ。

 例えば、私の高校時代のインターハイ予選は(もう20年以上前だが)、1部と2部に分かれていて、1部はいわゆるフツーの試合だ。それに対して2部は、1年生選手のみのレース。しかも、マスドスタートレースではなく、タイムトライアルだけだ。

 なぜなら、集団走行の基本を身に着けていない選手と、インターハイを狙う選手とを同じレースでは競わせられないから。また、基本を身に着けてない選手同士を、マスドスタートで競わせても、落者が続発するだけだから・・・。

 そしてアタリマエの話だが、2部で優勝してもインターハイには出場できない。

 つまり、全国を狙う強豪校で、1年生ながらインターハイに出場するということは、少なくとも中学時代に今の先輩選手(2~3年生)と同じ程度の経験があり、当然のことながら、同程度以上の実力がないと不可能なのだ。

 ・・・やっぱり、スゴイ。

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ある高校生

 佐賀県では、全国高校総体(インターハイ)の真っ最中です。

 自転車競技もトラック種目は終了しました。

 その中で、ある高校生に注目です!

 その名は、元砂勇雪選手(榛生昇陽高校)。

 4000m団体追い抜きは、4分31秒台で優勝して、4000m速度競争にも勝っての、2冠獲得です

 この元砂勇雪選手、なんと1年生なのです!ヲイヲイ・・・。

 つまり、この3月まで中学生だったのだ・・・。ヲイヲイ。

 ちなみに、この榛生昇陽高校は全国的にも有名なかなりの強豪校。その中で、1年生ながら団体追い抜きの正選手になり、個人種目でも代表となる・・・。

 これだけでもスゴイのに、2種目とも優勝しちゃった。まさに、天才。

 これから先、要注目!の一人です。

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自転車熱

 最近、私の職場では自転車に入れ込んでいる人が結構いるみたい・・・。(^^;)

 一人でツアーオブジャパンの伊豆ステージを見に行ったり、ヴィノクロフのファンだったり、ロードを買って150kmの距離を一人で走って帰省したり、近くで開催されたレースに出場したり・・・。

 ちなみに、これらはみんな違う人です・・・。ですから、少なくとも4人います。 

 あと、ジロやツールのビデオを録画してくれる人もいます。

 そうそう、○マノの○寺選手と同じ高校で、自転車部の先輩という人もいます。

 ナカナカ、良い傾向です。

 まあ、私は職場ではおとなしいので、特定の人以外にはほとんど自転車のコトは話しませんが・・・。

 

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ドーピング

 ツール・ド・フランスは、今大会で最難関と言われるステージを迎えた。そして、マイヨジョーヌを着るラスムッセンが勝った。総合2位のコンタドールとの差も広げており、これでラスムッセンの今大会での総合優勝はほぼ確定・・・ではなかろうか。

 ちなみにその昔、ラムスッセンという名前の選手もいたように記憶している・・・。どうでもいいが。(^^;)

 今大会では、残念な事件が起きた。ヴィノクロフのドーピング発覚による出場停止だ。所属するアスタナチームもツールを去った。

 実は、ヴィノクロフの調子の「波」のすごさに、会社の同僚と「ありゃ~、ドーピングでもやってるんでは?」と話していたばかりだった。まさにその通りだったワケだ。また、モレーニも同様の結果になった。

 しかし、ドーピングってやっぱり、やっちゃダメなのかな?まあ、規則としてダメなのは分かるが、スポーツの本質としては・・・。どうなんだろうか。

 ずいぶん前に、その問題でネット論争をしたことがある。

 ドーピング反対論としては、「個人の実力以外の要因で結果が決まってしまう」「選手の健康を害する」「いずれ、その競技全体が廃れてしまう」というのが一般的な意見だと思う。

 私自身はやったことがないので分からないが、そんなに変わるものだろうか。 

 かつてエディ・メルクスが、「ドーピングは決して、ロバをサラブレッドに変えはしない」という有名な言葉を言ったことがある。私もそう思う。

 また、選手の健康を害するというのも、当の本人が了解していれば良いのではないか?とも思う。

 競技全体が廃れてしまう、というのは・・・これはワカランな。

 個人的には、自分自身の一番競技能力が優れていた時代に、ドーピングをやって1000mT・Tを走ってみたかったな・・・と思う。競技者の風上にも置けない考えかも知れないが・・・。

 1分9秒ぐらい出たのかな・・・?(^^;)

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ツール・ド・フランス2007

 タイトルの通り、ツール・ド・フランスの真っ最中である。今年は、突出した有力選手がおらず(昨年もそうだったが)、誰が勝つか分からない「戦国時代」と思っていた。

 しかし現在、マイヨジョーヌを着るラスムッセンの山岳での強さは別格に見え、「今年はこれで決まりか?」とも思えた。ただこの先、ピレネーでの山岳ステージやタイムトライアルも2ステージ残っており、「まだまだ分からない」というところ。

 ちょっと思うのは、かつてインデュラインが確立してアームストロングが引き継いだ「勝利の方程式」パターンは、やっぱり見ていてあんまり面白くないな・・・ということ。

 つまり、タイムトライアルでタイム差を稼いで、山岳ではクライマーについていき、2位以下の選手の動向を見ながら、シャンゼリゼを目指す・・・というのは、戦略としては分かるのだが、「何だかな~」という感じ。モチロン、実際はそんなカンタンなことでは無いのだろうけど。

 その意味では、むしろ上位選手がタイムトライアルにあんまり強くない方が、面白いと思う。(^^;)

 そして、第9ステージを少し見たが、登り坂でのアタックの速さにびっくりした。まるで、ゴールスプリントのようなダッシュだった。そう、「その曲がり角を曲がったらゴールだよ」みたいな・・・。

 あと、Jスポーツの中継を見た会社の同僚から、「なんで、第9ステージの解説していた方は、アロハシャツを着ていたのか?」と質問された。

 今度、本人に聞いてみようと思う。

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他人のキカイ

 今日は、久しぶりの休日出勤だった。シゴトの内容自体は大したことはなく、担当する設備の部品交換と、ちょっとした調査だ。時間は定時までかかりそうだが、いわゆる「やれば終わる仕事」なので、気はラクだった。

 同じグループの人は、同じく休日出勤して担当している新規設備の試運転調整を行っていた。しばら~く、その調整を見ていた。正直、あんまりうまく動いていないようだった。(^^;)

 この時、ふと「自分が出場しない自転車競技の試合を見ている」ように思った。

 その昔、初めて関西CSCに「自分が出場しない自転車競技の試合」を見に行ったことがあった。はっきり言って、モノスゴク気がラクだった・・・。

 例えば、自分が走る前の試合で落車があれば、「うわっ、いやだな~」と思うし、独走の前だったら、風向きなどの気象状態を常に気にしていた。当然、他人が走っているのをゆっくりと見ていることはなく、「ああ、これが終わったらローラー台でアップを始めないと・・」とか、色々考えてた。

 それが!自分が出ないとなると、とってもラクだった・・・。

 他人が、担当するキカイを調整しているところを見ている、というのはこれに近いな・・・と思った。

 そして、同じ技術屋同士なので、よほどのことがない限り「これは、まずいんじゃない?」とかの口は挟まない。意地が悪いから、そういうものだ。

 あの状態だと、今日は遅くなりそうだな。

 オレは、冷たいからほっぽって、定時で帰った。

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今日は全日本

 今日は、いよいよ第10回全日本自転車競技選手権大会ロード・レースが開催される。

 ちなみに昨日は、ジュニアとU23のレースがあったのだが、濃霧のため約1周4.7kmを周回するコースに変更されたらしい・・・。まあ、梅雨のこの時期だからなあ。

 あまり知られていないが、熊本周辺は阿蘇山の影響か、雨が降ると霧のために視界が悪くなることがけっこうある。

 特に、熊本空港は雨が降ると飛行機が着陸出来ないことが良くある。私も、祖父の葬式の際に、飛行機で帰郷したが、雨でとうとう着陸出来ずに、福岡空港に回されたことがある・・・。(^^;)

 まあ、その時は航空会社から、福岡~熊本間の(特急料金の)電車賃が出たが。

 それ以外にも、熊本空港を10回以上利用しているが、視界が悪くて到着時間が遅れたことは多々ある。

 地元のタクシー運転手に言わせると、「全国でも例がない欠陥空港」だそうだ。彼らにしてみれば、着陸が別の空港になれば、お客を他のタクシー会社に取られる訳だから、その怒りも理解できる・・・。

 それはさて置き、オートポリスといえば、A選手が初めてのタイトルを取った場所ではなかったか?確かあの時も雨だったような・・・。

 そうそう、チーム3人で逃げたように記憶している。(最初はもう一人いたようだが・・・)その時の専門誌はまだ持っているので、あとで見てみよう。

 遠く離れた地で応援しています。

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日本競輪学校

 日本競輪学校で、第93回生の記録会があった。

 この記録自体を見るのも面白いが、今回は「名前と年齢」だ。

 例えば、在本直樹選手(30歳)。全日本実業団や国体の1000mTTで優勝した実績を持つ。

 そして、奥平充男選手(なんと!35歳)。この人も、1000mTTで実績を残している。

 ちなみに、第93回生以降は競輪学校入学の年齢制限が撤廃されている・・。

 オレも、受けてみるか。(←ウソです。本当にウソです)

 大阪のK師匠は受けないのかな・・・。

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もうすぐ全日本

 この土日は、自転車の全日本選手権が開催される。場所は・・・、遠く離れた大分県日田市のオートポリスというサーキットコースだ。自転車競技連盟のHPを見ると、「特設コース」とあるが・・?

 まあ、レーシングコースは走るみたいだけど。

 ちなみに場所は、菊池郡の近くで、私の親戚も住んでいる。まあ、見には行かないだろうけど・・・。(^^;)

 恐らく出場のために現地入りしているAさんは、熊本からこのブログにアクセスしてた・・。レース頑張ってね。

 私の実家は、熊本城のすぐ近くです・・・って関係ないけど。

 そうそう、ホントに関係ないけど、先日長女の通う塾で「個人面談」があった。長女から、担当の講師は北朝鮮の最高指導者にそっくり・・と聞いていた。

 実際に対峙すると・・・、ホンマにそっくり。(^^;)

 最初は笑ってしまって、面談にならへんかったっちゅうねん。「失礼なヤツ」と思われたであろう。けど、仕方ないな・・・。アレだけ似てると。

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山梨の高校生さんへ

 嬉しいコメントをありがとうございます。

 お礼と言っては何ですが、私が知っている限りの情報を載せたいと思います。

佐藤 稔選手

 高校3年生の時に、インターハイの個人追い抜き4位入賞。団体追い抜きは、モチロン優勝。チームロードも優勝。日大に進学されてからは、1年生の時から団体追い抜きの正選手だったようです。国体のロードレースでは入賞の常連で、大学4年生の時には、惜しくもゴール勝負で敗れて2位でした。

 ただ、大学を卒業される時には、親御さんと色々と葛藤があったらしく(某専門誌に載ってました)、大変だったみたいです。

 私が強烈に憶えているのは、佐藤稔選手が高校3年生の時の、全国高校選抜大会です。ポイントレース出場された佐藤選手は、私の尊敬する高校の先輩と二人で逃げました。その私の先輩は、実力的にかなりすごい人(現在競輪選手)だったのですが、構わず置き去りにして、結局単独の逃げになってしまいました。

 私は、その高校の先輩にはとてもかなわないと、常々思っていましたので、「全国にはスゴイ人がいるものだ」と思いました。

 滝川 一夫選手

 高校2年生の時に、インターハイのポイントレース3位。翌年は大本命でしたが、4点差で前年と同じく3位。団体追い抜きとチームロードは、佐藤 稔選手と同じチームなので、モチロン優勝。大学に進まれてからは、インカレのポイントレースで3位、国体のポイントレースでは優勝されています。

 そして、オリンピック予選を兼ねた昭和62年の全日本選手権のポイントレースで優勝され、見事オリンピック代表に選ばれました。

 しかし、佐藤選手・滝川選手ともに、「昔のことは話してくれない」というのは意外でした。

 本当に、「人間ができている人」というのはそうなんでしょう。(^^;)

 私?自慢話の毎日です・・・。

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才能ってやつは・・

 日本競輪学校のホームページを見たら、在校生記録会の記事があった。

 私はこれが好きでよく見ており、トンデモナイタイムを出す人もいれば、「ヲイヲイ、これから先、大丈夫か?」と思えるタイムの人もいたりする。

 ちなみに今回は、1000m独走で1分15秒台の選手もけっこういた。条件は分からないケド、この季節でこのタイムはちょっとキツイのでは?と思った。

 そして、1000m独走と200mハロンのトップは、坂本貴史という在校生だ。青森県出身である。

 「うん?青森で坂本という苗字?」これにピンと来たアナタはオールドファン。(^^;)

 そう、ロサンゼルスオリンピックで銅メダルを獲得した坂本勉選手のご子息だ。

 タイムは、1000m独走で1分8秒台だ。

 私は、スポーツで結果を残すには、努力も重要だが「才能」も必要だと思う。特に短距離種目においては。

 (私は、才能という面では「カケラ」も無かったと思う)

 これからも順調に育っていって欲しいと思う。

 

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全プロ結果

 先日の日曜日に、全プロ選手権大会が行われた。

 1000m独走では、何と3人が1分3秒台を記録した。平地の屋外バンクでこの記録は、ナカナカすごいのではないかと思う。また、4000m個人追い抜きでも、4分33秒台が出た。これもすごい。

 1000m独走で、1分3秒台が3人となると、「このメンバーでチームスプリントを走ると良い記録が出るのでは?」と思いがちだけど、私はちょっと違って・・・。

 この3人+4000m個人追い抜き4分33秒台の4人で、団体追い抜きを走ったら、良い記録が出るのでは?と思う。モチロン、全員が競輪選手なので、ある程度の「本業成績ダウン」は覚悟して頂くことになるが・・・。(^^;)

 しかし、1分3秒台が3人とは、隔世の感がある。

 私の知っている時代で有名なのは、城本選手・森選手・山本選手の「1000m独走・日本記録3連発」だ。この時は確か、城本選手が1分7秒11で、森選手が1分6秒27で、山本選手が1分6秒64だったと記憶している。

 まあ、いくら有名と言っても、阪神のバックスクリーン3連発にはかなわないが・・・。

 アタリマエか。

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トラック世界選手権

 自転車競技のトラック世界選手権が終わった。個人的には「トラック」より「ピスト」と呼ぶ方が好きだ。まあ、そんなことはどうでもいいけど。

 そして、日本選手の短距離陣は、惨敗だった。

 まあこれは、競輪の日本選手権(ダービー)終了後、数日で渡航、そして世界選手権に参加・・・というコンディションでは仕方ないのかも・・・知れないが。

 しかし!

 気になったのは、参加して惨敗した本人達の談話だ。「日本選手権直後で疲れがあった。本来なら、もっと良い結果が出たと思う」というのが多かった。

 果たしてそうだろうか?

 まず言えるのは、競輪の日本選手権直後に世界選手権があるというのは、突発的に決まった、いわばアクシデントなのだろうか?否、そんなことはない。ずいぶん前に分かっていたハズだ。

 そして、そのスケジュールで世界選手権に参加して、「疲れがあった」とは・・・?何かがおかしいと思う。

 また、最近のオリンピック種目で、日本の自転車短距離陣は、たまにメダルを取る。これが、選手に勘違いを起こさせていると思う。自分達の実力は、世界に通用していると。

 果たしてそうだろうか?

 現時点で、日本の自転車競技短距離陣と世界の差は、かなりあるように思う。恐らく、ボスやブルガンといった世界のトップスプリンターと日本の選手が対戦したら、10回やって1回も勝てない。

 これは、日本選手がベストコンディションで望んでも、恐らく同じ結果になる。

 前置きが長くなったが、要は今の日本短距離陣は、疲れがあろうがなかろうが、コンディションがベストであろうがなかろうが、世界には通用しないのだ。

 まず、これを念頭に置くべきだと思う。

 そして、「勝てるようになるためには、何をすべきか?」「何を優先すべきか?」を考えるべきだと思う。

 恐らく、今のままでは、すべてを逆転できるような「天才」が出現しない限り、同じ結果を繰り返すことだろう。

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ある専門誌

 サ○クルスポーツ誌にて、先々月から「歴代の日本ロード選手」みたいな連載をやっている。これが結構、面白い。(←立ち読みだけど)

 第1回目は、やっぱりこの人「高橋松吉」選手だった。第2回目は「森幸春」選手。第3回目の今月号は「鈴木光広」選手だ。

 記事の中に、以前このブログでも書いた高校時代のことが載っていた。それによると、滝川一夫選手と佐藤稔選手は、ハンパじゃなく早かったそうで、練習ではいつも置いていかれたとのこと・・・・。私は、三人ともいい勝負と思っていたので、意外でした。

 まあ、確かに滝川一夫選手は、当時の高校長距離界では、ちょっとレベルが違ってましたけどね。

 私は、高校2年生の時、淡路島で開催された高校選抜ロードで一緒に走りました。その時、滝川一夫選手は最初からずーっと先頭を引いてました。残念ながら私は、うずしおラインに入った途端、落車して完走は出来ませんでしたが、ずっと先頭に居た当時の全日本ジャージを着た3人組を憶えています。

 ちなみに、滝川一夫選手は同じ高校選抜のトラック5000m速度競争で、確か自分以外の全員を周回遅れにした・・・と思います。高校の地方大会とちゃいまっせ、全国大会の決勝でっせ・・・。

 まあ、世の中にはスゴイ人が居るものだ。

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記憶に残る名選手その4

 長義和選手。我が母校の大先輩である。

 高校2年生で全日本選手権のスクラッチ(現在のスプリント)に優勝。その後は、国体同種目5連覇を始め、日本国内では無敵だった。

 モントリオールオリンピックでは、日本の自転車競技史上、始めての6位入賞を果たした。当時は、ソビエトや東ドイツ、チェコといった共産圏諸国が強く、特にトラックレースではプロよりもアマチュアの方がレベルが上だった。

 その中での6位入賞は、正に日本のレベルを越えていた。

 しかし、続くモスクワオリンピックで日本は、ソビエトのアフガニスタン侵攻に反対してボイコットしたアメリカに倣い、大会をボイコットした。

 当時は、柔道の山下選手・マラソンの瀬古選手と並び、「悲運3人男」と言われた・・・ように思う。

 その後のオリンピックでは、坂本勉選手や十文字貴信選手が銅メダルを獲得した。しかし、長義和選手の6位入賞は、それらに引けを取らない実績だと思う。

 ちなみに、私が高校の時、1回だけ長義和選手がお越しになられたことがあった

 当時は、練習から戻ると、残っていた部員が「長さん来てますよ」という冗談がはやっていた。

 私はまた冗談だと思って「お前ら!ええかんげんにせえよ!」とか言いながら、部室に入ったら・・・いた居られた、ホンモノが

 当然、全員正座である。

 何をお話になったのかは、あまり憶えていない。

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指導者論

 近所のグランドで、小学生の野球チームが練習をしていた。監督(と思われる人)が大きな声で罵声を浴びせていた。

 まだ、あんな指導者がいるんだな・・・、と思った。

 プロ野球もそうだが、どうも野球の監督という人は、選手と同じレベルで試合や練習に望むから困ったもんだ。そして、負けると同じように悔しがり、モノに当たったりする・・・らしい。(たまに、新聞記事で目にする)

 しかし、負けて一番悔しいのは、アタリマエの話だが、やってる選手だ。

 それを分かっていない。さらに、「○○がエラーしたから」とか「○○が打たれたから」という話をしたりする。最悪だ。

 どんなスポーツ選手でも、よっぽどのバカでない限り、自分がなぜ負けたのかは分かっている。そして、どう対処しなければいけないのかも、分かっている。

 スプリント勝負で負けたのなら、スプリント力を強化するか、スプリント勝負にならないような試合運びを身に着けるしかない。

 そして選手は、(これはスポーツ選手に限らないが)あるプライドを持っている。

 負けて戻ってきたら、監督が掛ける言葉は「お疲れさん、よく戦った。だが、今回は残念な結果になった。なぜ、そうなったのかを考えよう」でいいのではないか?と思う。

 アホだのバカだの罵詈雑言を浴びせる必要は、まったくない

 繰り返すが、一番悔しいのは選手なのだ。

 極端な話、監督とかコーチは、選手の一番身近な応援団で良いのだ。

 ・・・、そんなことを思いながら、練習を見てた。

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ピストの試合にて

 世の中、自分が「当たり前」と思っていることが、実は世間にしてみれば、かなりの「非常識」だったりすることがある。

 私が思ったのは、自転車競技のピスト(トラック)レースの風景である。

 実は、「私が思った」というのは正確ではなく、「私の家内が思った」のだが。

 家内は、実際のピスト競技の会場に来て、大変驚いたことがある!

 それは、選手がみんな、観客席で着替えるということだ。

 考えてみれば、そらーびっくりしますよね。

 会場に来てみれば、イキナリ大の男が腰にタオルを巻いて、パンツ脱ぎだすんだから!

 そして、ウエアを着ます。これって、フツーに見たら、かなり異常ですよ。「更衣室はないのかよ?」という感じですよね。モチロン、私もそうでした。

 まあ、実際更衣室はありませんでしたが。

 自転車競技を今よりもメジャーにしようとすれば、この辺から変えないとダメなような気がします。

 ちなみに、今はどうかは知りません。(^^;)

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記憶に残る名選手その3

 私は高校時代、自転車競技部に所属していました。

 そして、私より1学年上ですが、東北のとある高校に、奇跡とも思える自転車競技部がありました。その高校の自転車競技部には、滝川一夫選手・鈴木光広選手・佐藤稔選手という3名が、同じ学年で、同じ学校に在籍していたのです。

 この3選手をご存知ない?

 えーっと、ちょっと待って下さいね。調べますから・・・・。(^^;)

 この3選手が揃って出たインターハイの団体追い抜きでは、大会新記録を更新して圧勝。(ちなみに、私たちはこの大会で4位に入った)そして、同年のジュニア世界選手権代表に、3人とも選ばれました。

 高校を卒業されて、滝川一夫選手と佐藤稔選手は、日大に進学され、鈴木光広選手は実業団チームのブリジストンに入られました。その後、滝川一夫選手と鈴木光広選手は、ソウルオリンピックの代表に選ばれました。

 そう、残念ながら、佐藤稔選手はオリンピック代表には選ばれませんでした。

 しかし、そのオリンピック代表選考会ロードレースでの佐藤稔選手は、前半から無謀とも思えるアタックを繰り返し、途中で潰れはしましたが、鬼気迫る走りは、見る者を充分感動させました。

 ちなみに、日大をご卒業された滝川一夫選手と佐藤稔選手は、山梨県で同じチームを組み、国体にも出場されています。何かの縁を感じます。

 という訳で、私があの「奇跡の高校チーム」で一番記憶に残るのは、佐藤稔選手です。

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記憶に残る名選手その2

 さて、池浦敏秋選手に続き次は・・・・、信田誠選手です。(^^)

 これを見て、ピンときたアナタ!マニアですね~。そう、このお二人は、同じ新潟・吉田商高のご出身です。確か、信田誠選手が1年先輩のハズ。

 信田誠選手は、かつてシマノレーシングに在籍しており、同じチームにはあの長義和選手も居られました。それで目立つことは少なかったかも知れませんが、間違いなく日本のトップスプリンターの一人でした。

 えっ?何で分かるのかって?そりゃー分かりますよ。だって私、信田誠選手とスクラッチ(現在のスプリントレース)を走ったことありますから・・・。モチロン、負けましたよ。ええ、負けましたとも。

 まあ私、当時は中学生でしたし・・・。

 ただどうも、勝ち進むとスタミナ切れかどうか分かりませんが、準決勝あたりから連敗・・・というのも多かったような気がします。

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記憶に残る名選手その1

 先日、二世選手というタイトルで、父親と同じスポーツを選んだ方たちのことを書きました。そしたら、その中の方からこのブログにコメントを頂き、大変嬉しく思っています。

 という訳ではないのですが、私の記憶に残る名選手を書いてみたいと思います。

 まず最初は、池浦敏秋選手です。

 池浦敏秋選手は、新潟吉田商高時代に、2年生でありながらインターハイの個人追い抜きに優勝しました。以後、これが彼の専門種目となります。3年生のインターハイでは個人追い抜きで4位に終わりましたが、イタリアンチームレース(現在のチームスプリント)では2位になっています。

 その後、法政大学に進みました。大学2年の時には、「あの」岡堀勉選手を破ってインカレチャンピオンに輝いています!そして3年では、今でも法政大学では恐らく語り草になっていると思われますが・・・、4000m団体追い抜きで日本新記録を樹立します。

 翌年のモスクワオリンピック代表選考を兼ねた、全日本選手権で個人追い抜き2位、団体追い抜きで優勝して、見事!オリンピック代表に選ばれました。

 ただそれよりも私が憶えているのは、アジア大会の個人追い抜きに優勝した時のことですね。今は廃刊になった、某自転車競技雑誌に、コーチが出している(優勝を確信した)「OKサイン」を横目に見ながら、個人追い抜きを走っている写真は、すごくカッコ良かったと思います。

 また、確か別の号ですが、走り終えた直後の顔のアップが掲載されていて、これもすごくカッコ良かったです。

 私の印象では、岡堀勉選手や斉藤邦夫選手といういわゆる「天才的」な選手の後塵を拝していた記憶もありますが、インカレ・国体に優勝してオリンピック代表にまでなった、間違いなく日本を代表する自転車競技選手であります。

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全国高校選抜大会

 かつて、全国高等学校選抜自転車競技大会という試合があった。トラック競技は、明石自転車競技場で開催されていた。ちなみに開催時期は、ほとんどシーズンオフの11月であった。

 私たちは、その試合の4000m団体追い抜きに出場した。予選を勝ち上がり、準々決勝で対戦したのは、優勝候補の一角、エース柳田勉が率いる秋田の大曲農高だった。実力的に勝つのはかなり厳しい相手だったが、モチロン、私たちは勝つつもりでいた。

 その日は、朝から秋の嵐と言ってよいほど、雨が降り強い風が吹いていた。

 私たちの前に行われた同じ準々決勝で、高校チャンピオン吉田茂を擁するこれも優勝候補栃木の作新学院は、その風雨に負けて空中分解を起こし、バラバラになって敗退した。

 私たちはそれを見て、「チームワークで臨めば、俺たちも勝てる!」と思った。

 そして私たち4人は、スタートラインについた。「用意!」の後に号砲が鳴り響く。

 私は、チカラいっぱいべダルを踏んだ!すると・・・・、

なんと鈍い音と共に、ペダルが外れてしまった!そう、ストラップを締めていなかったのだ

 私を欠いて、スタートから3人になってしまったチームは、やはり負けてしまった。

 その後、何かの集まりがあるたびに、「あの時、ペダル外しやがって」と言われる。(^^;)

 もう、25年も前なのに・・・。

 けど、あの時私がペダルを外さなかったら、勝てていたのかな?

 ちなみに、対戦相手の大曲農高は、そのまま優勝した

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アジア大会

 久しぶりに自転車ネタにした。

 ここ何日間か、調子に乗ってバカなことばかり書いているが、ひょっとして口頭試験の試験官も見る可能性があるのかな・・・、と思いまして。(^^;)

 モチロン、その可能性も考えてはいたけど、「まあ大丈夫でしょう」と思ってた。ただ、過去のアクセス生データを見ていたら、ちょっと怖い記録を発見してしまいまして・・・。

 それが何かはナイショです。

 話しは変わって、自転車です。

 例年、11月のツールドおきなわが終わると、本格的なオフに入りますが、今年は12月にアジア大会が開催されます。ロード種目の日本代表は、以下の方々です。

飯島 誠(JPCA・チームブリヂストン・アンカー)
盛 一大(愛知・愛三工業レーシング)
別府 史之(JPCA・ディスカバリーチャンネル)
岡崎 和也(JPCA・Team NIPPO)
廣瀬  敏(石川・愛三工業レーシング)
阿部 良之(JPCA・スキルシマノ)
鈴木 真理(JPCA・ミヤタスバルレーシング)

 エースは別府選手になるのかな・・・。やっぱり。

 今日は、このへんで。

 

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同期生

 先日、高校の時の自転車部の同期生から電話があった。

 何でも、「当時自転車競技をやっていて、生まれた年が同じ者同士で集まろう」という企画があるそうだ。

 私は、当時住んでいた土地を離れているので、次回に企画されているその集まりには行けないのだが、何とか予定を合わせて、次回以降の集まりには出たいと思っている。

 ちなみに、その電話をくれた同期生は、40歳を過ぎて今なおS級に在籍する現役の競輪選手である。そして、色々思い出すと、どうも私の自転車競技経歴が、一番ショボイことに気がついた。(^^;)

 電話をくれた同期生とは別に、同じ高校では全国選抜大会に優勝した人もいるし、高校は別だが、ある種目で日本高校記録を持っていた人もいる。

 そして、その「集まり」に予定されているお店を経営しているのは、やはり同期生でアジア大会の日本代表で、現在はある自転車誌に連載を持っている・・・。

 う~ん、改めてみると、みんなスゴイなあ~。

 ただ、私が気後れするということは無いんですけどね。(^^)

 恐らく、その集まりに行けば、一番大きな声で飲んで騒いでる・・と思います。

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日本のピスト選手

 日本のロード選手に続き、日本のピスト選手を・・・・。(^^;)

 前回、「ピストの長・ロードの西沢」と書きましたが、まずはこの長義和選手。モントリオールオリンピックのスクラッチ6位を始め、世界に通用するスプリンターでした。国内では無敵と言ってよく、互角に戦える相手はいなかったように思います。(だから、海外を転戦してた)

 ちなみに、長義和選手は私の高校の先輩でもあります・・・。あと、有名人では建築家の安藤忠雄氏がいます。(^^;)

 4000m個人追い抜きで、日本人として初めて5分を切った、町島洋一選手も印象に残る人です。確か、世界選手権の同種目で16位以内に入り、「決勝トーナメント」に残りましたが、コーチが勘違いして宿舎に帰り、そのまま失格してしまったことがあります。

 この記録は岡堀勉選手に破られますが、その翌年には日本選手権で山崎敏正選手が4分51秒40という驚異的な日本記録を樹立します。この試合はモスクワオリンピックの予選も兼ねており、斉藤邦夫選手高瀬警選手も5分を切る日本記録を出しました。

 ただ個人的には、美しいフォームでその走りぶりから「精密機械」と言われた、酒井幹夫選手が好きでした。この酒井選手が所属していた和歌山レーシングチームには、アジア大会ロードチャンピオンの仁平義高選手類池信雄選手もいて、日本で唯一ファクトリーチームに対抗できるクラブチームと呼ばれてました。

 各実業団チームも最近は、ロードレースにチカラを入れていることが多く、ピスト種目に陽があたることが少ないような気がしますが、レベルの高いレースは見ていてとても面白いものです。

 昔やってた、シマノ-日大定期戦などはかなり楽しめました。

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日本のロード選手

 初めての自転車ネタだ・・。

 本場ヨーロッパに比べてレベルが低いと言われる日本のロードレースだが、それでも各々の時代を代表する名選手がいると思う。以下は、私の独断で選ぶ、日本の名選手である。

 まずは、大宮政志選手。彼はかつて、唯一世界に通用するロード選手と呼ばれ、東京オリンピックのプレ大会(プレオリンピック)で優勝した。本大会も期待され、トップ集団でゴールしたが、36位の成績に終わっている。ちなみに、同じ集団にはあのエディ・メルクスもいた。まあ、このコースは平坦路が多く、差がつきにくかった・・・というのもあるようだが、それでもトップ集団でのゴールはすごい。

 続いては、西沢敏明選手。当時は、「ピストの長、ロードの西沢」と呼ばれ、日本最強のロード選手と言われた。記憶に残るのは、かつて全日本実業団ロードレースで、違うチームの森幸春選手のアシストを受け、逃げ切って勝ったことだ。ちなみに、このレースは日本のロードレースで、初めて「チームプレイ(逃げ役と押さえ役)」が実現したのではないか、と思っている。

 その後は、やはりこの人、高橋松吉選手。日本はもとより、海外でも活躍し、ツール・ド・ラブニール38位、クアーズクラシック59位(順位はうろ覚え、このぐらい)の成績を残した。これは、当時の専門誌に「驚愕すべき成績」と表現された。力強いペダリングは迫力満点で、登り坂でハンドルを引くタイミングでは前輪が浮いてたこともある・・・らしい。

 そしてこの後は、市川雅敏選手・三浦恭資選手などが活躍したが、次の世代の最強選手というと、阿部良之選手であろう。(良く似ているが、阿部良二選手ではない)

 いまや伝説となった感のある、日本選手権でのスタートからの単独逃げ切りに代表されるように、積極的なレース運びを身上とする。現在もスキルシマノで活躍する彼は、ただ一人のジャパンカップ日本人優勝者としても知られている。その実力・レースでの積極性・ファイティングスピリットを考えると、日本の自転車競技史上、最強のロード選手ではないかと思う。

 別府史之選手が現れるまでは・・・。(^^;)

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